胡蝶の夢:更新情報 『TO YAMATO』 07

2010/12/27 19:00

胡蝶の夢~夢の覚え書 を更新します。
宇宙図書館の「BOOKFAIRno.5 Xmas&NewYear petit特集」に参加しています。

『TO YAMATO』
ヤマト時代になる前の、真田志郎を中心とした物語です。
相変わらずオリジナルキャラクター満載ですのでご注意ください。

今回準備不足で、しばらくblog連載という形にしますので、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


 序 章 : この丘の向こうに  (1)
 第1章 : めぐり会い      (1)(2)
 第2章 : 夢はかなたへ
    (1)(2)(3)(4)←
 外 伝 : 星下之宴       (既出) 【以下未定】




      第 2 章  - 夢はかなたへ -

(武士のお題:no.26「異国憧憬」)

 =4=

 「――真田には、何かしたいことがあったの?」
「何のことだ?」
 真田がコンソールを叩く手を止めて顔を上げた。

 黎那(れな)は立ち上がり、研究室の窓を開けた。
 空は大分暗くなっていたが、夏の熱気はまだ立ち去ってはいなかった。ムッとした暑気が一気に部屋の中に流れ込んだが、それが涼風に変わるのも直だろう。そろそろ一雨来そうな気配に満ちていた。

 「再生治療と一緒に、何か諦めたんだなって思ったから」
 黎那の勘の良さには舌を巻く思いのする真田だった。
「僕が志郎と知り合ったのって、その後だものね」
 槇(しん)も手を止め、顔を上げた。

 いや。そんな確かなことじゃないが、と少し照れたように真田が言った。
「子どもの頃は、画家になりたいと思っていた。絵が好きだったんだ。たわいもない、子どもの夢だけどな」

 ふうん、画家ねえ、と想像してみたらしい。
「僕には白衣姿しか想像できないけどね」
 槇の言葉に、黎那が吹き出した。
「あのな。子どもの頃の話だろうが」
 真田が渋い顔をする。

「そういうお前達はどうなんだ」
 話題を振ってみれば。

「僕は小さい頃からずうっと同じ。宇宙を飛びたい、だね」
「俺は全然知らなかったぞ」
「だって、誰にも言わなかったもの」
 槇がすました顔で言った。

「黎那は?」
「あたしはさ、父さんみたいな時計を作りたかったんだ。――時計っていうよりも、あの銀の彫刻が美しくてね」

 黎那の父親は、著名な時計技師だ。その精密さは比類無く、名人と呼ばれるに相応しいと評判だった。後を継いだ弟子もまた、その名に恥じない腕を持っていた。

「槇ほどの腕があればなあ、と思ったけど。でも、そのうちゼンマイ仕掛けの仕組みの方が面白くなっちゃってね」
 照れ隠しなのか、黎那はデスクの上を手早く片付け始めた。



 「そうだ」
 思い出したように、真田に顔を向けた。

「源先生がそろそろ見せに来いって言ってた。もう少しこまめに顔出したほうがいいと思うよ?」
 急に真田が顔を歪める。
「わかってはいるんだが。――苦手なんだよ」
「源先生が?」
「いや」
 真田が益々苦い顔になった。
「――麻紀先生の方だ」
 ふたりが盛大に吹き出した。


 麻紀、というのは政也の妻で、丹沢製作所の医師である。丹沢製作所にいるのは、皆、誠実な仕事をする優秀な腕を持つ者ばかりだったが、人格まで誠実だとは限らない。
「いいじゃない。麻紀先生、美人だし、色っぽいし。腕は最高だし」
 黎那が笑った。
 麻紀は、確かに竹を割ったようなさっぱりとした性格で、物言いも歯切れが良い。腕も確かだ。ただ、若い男をからかう趣味を持っている、というだけで。
「――俺の身にもなれよな」
 いくら変人と言われていても、18歳の男であることは紛れもない。白衣を着ていてもそれとわかる豊かな胸元や、ミニスカートの下のこれ見よがしな脚線美に目を奪われないはずもなく。そこへあの性格でからかわれては、朴念仁と言われた真田の手におえるものではなかった。


 「じゃ、そろそろあたしは帰るね」
 黎那が含み笑いを押さえつつ、言う。
「あ、僕も一度部屋へ戻ってくる」
 槇が一緒に立ち上がった。

 一瞬躊躇ったものの、入口へ向かい踏み出した足を止めた黎那が振り返った。
「あ、あのねっ。これからも、よろしくっ」
 早口にそう言うと、バッタのように身体を2つに折った。

 沈黙が、流れる。

 恐る恐る顔を上げた黎那の額を、槇がピンと指で弾いた。
「ばーか。何の心配してるんだよっ」
「だ、だって…!」
 慌てて額を押さえた仕草が、やけに可愛かった。

「これからも、一緒にやっていけるといいな」
 真田の言葉に、黎那が瞳を輝かせ頷いた。

「明日もよろしくっ、チーフ!」

 黎那は返事も待たずに、踵を返して駆け去った。
 後ろ姿を目で追った槇が、嬉しそうに肩を竦めて笑った。
 驚いた真田は、自分が笑みを浮かべたことに、もしや、気がついていなかったかもしれない。


 夕立が、涼気を運んできた。
 夏の夜は更け。
 友への信頼を枕に、眠った。
 

     ********


 この夏の課題は、担当教官の計らいによって3人の卒業制作となり、赤いロボットが誕生することになる。
 アナライザーと名付けられたロボットは、基礎訓練を終えた後、丹沢製作所で暮らすことになった。

 彼がスカートめくりを覚えたのは、勿論、黎那が最初から意図しての事ではない。
 感情プログラムを組む際に、モデルになった人間の影響があったものと思われる。

 モデルになったのは、あの男である。
 戦闘科を首席で卒業し、「スペースイーグル」のふたつ名を持つこの男が加わることで、「変人の巣窟」の呼び名が「梁山泊」へと変更されたことは、もちろん誰も知る由もない。



 何時の時代も、若者の夢は膨らみ。希望に満ち。
 だが。
 この数年後、地球が魔の手に絡め取られてしまうことになるとは、誰も想像できなかった。



 西暦2190年夏。
 地球は、まだ平和な時の中にあった。


2010.12.20 written by pothos





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胡蝶の夢:更新情報 『TO YAMATO』 06

2010/12/26 19:00

胡蝶の夢~夢の覚え書 を更新します。
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『TO YAMATO』
ヤマト時代になる前の、真田志郎を中心とした物語です。
相変わらずオリジナルキャラクター満載ですのでご注意ください。

今回準備不足で、しばらくblog連載という形にしますので、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


 序 章 : この丘の向こうに  (1)
 第1章 : めぐり会い      (1)(2)
 第2章 : 夢はかなたへ
    (1)(2)(3)←(4)
 外 伝 : 星下之宴       (既出) 【以下未定】





      第 2 章  - 夢はかなたへ -

(武士のお題:no.26「異国憧憬」)


 「真田、槇…」
「俺の手足が義肢なのは、お前たちも知っての通りだが」
 ふたりの前に、真田がどさりと胡坐をかいて、腰を下ろした。古代と黎那を正面に相対する形となった。

「俺があの事故に遭ったのは、まだ10歳になる前だったからな。周りは義肢よりも、再生治療をすすめたよ。あの時再生治療を行っていたら、俺は今までメンテナンスに苦しむこともなく、以前と同じように暮らせたかもしれない。一見、何事も無かったかのようにな。

 では、姉は?
 姉のDNAからボディを作り出し、記憶を注入すれば姉は生き返るのか?

 それを、俺は姉だと呼べるか?

 あの時の俺には、それが姉だとは思えなかった。まあ、完全な記憶のコピーなんてものは存在しないからな。死ぬ直前と同じ人間になることはないんだが。だが、それでも俺はその可能性を考え、否定してしまった。

 誰しも持って生まれた命は、ひとつだけだ。
 死んだ人間は、決して生き返らない。

 そう考えたら、自分の四肢だけ再生して、なかったことにすることはできなかった」


 真田は握ったり開いたりする自分の手を見つめた。
「結局。ロボットが代用できるものもあれば、代用できないものもある。
 藍澤の親父さんは、おふくろさんの子守唄を機械で代用したわけじゃなく、それが、親父さんの愛情表現だったってことじゃないのか?」
「真田」
「うん。僕も志郎の意見に賛成だな。その子守唄を歌っているのが機械か、或いは、本人かなんて関係ないでしょ。そこに問題はないと思うよ。
 それよりも、ね。黎那。それ、今回の課題じゃなくて卒論にしたら? 今すぐ答えを出す必要はないんじゃない? 自分で納得できるまで、じっくり取り組んでみたら?」
「槇…。うん、そう、だよね」
 納得しかけた黎那を遮ったのは真田だった。

 「いや。今回の課題は、感情プログラム作成を中心にいこう。他を削れば、時間にも多少は余裕ができるはずだ。
 ヒューマノイド型でないロボットが感情を学習した時に、俺たち人間はそれをどこまで受け入れることができるのか、俺も興味はある。
 槇、どうだ?」
 呼ばれた槇は、両手を挙げて肩をすくめて見せた。
 仕方ないね。
 そう言っていた。


            *****


 真田は、大学でのことを思い出す。

 まだ15歳だった。
 事故の後、半年のリハビリを終え、その後国家によるエリート養成機関に復学した。そこでも優秀な成績を収め、飛び級を重ね最高学府へと入学する。
 まわりにいたのは、年長の人間ばかり。勿論、学問の上では年長であろうと対等であり、その点は皆同じ場所に立っていたため、苦労したことはなかったが。自己の能力を伸ばす為に、貪婪に研究を続けるその姿勢に疑問を持つようになった。

 何のために、研究を重ねるのか。

 知らなかったことを知る喜び、不可能を可能にする技術の獲得、或いは理論の証明。
 それらは、この上無い喜びではあったが、果たしてそれだけで良いのか。
 自分の研究が、実際の処、何に使われているのかも知らないままに、ただ、学問として追究してゆく。

 科学技術が多面性を持っていることは、知っているつもりだった。
 だが、己れの才を発揮する喜びに夢中になり、ふと、気付いたときには発見も技術も、己が手の届かない場所にあった。
 己れの迂闊さに臍を噛んだが、もう遅い。
 ギリギリと手が、足が痛んだ。

 俺は何の為に、研究してきたんだ!?

 己れの評価が高まるに連れ、増す罪悪感に苛まれた。
 姉の命を奪った自分が、こうして好きなことを好きなだけ研究している。
 だが、その研究は人間を幸せにしているのか?
 これで本当にいいのか?
 俺は、科学に使われているのではないのか?

 いくら考えても、納得できる答えは得られなかった。

 そして。
 悩みに悩んだ末、真田は軍へ入隊することを決意した。

 武器を開発するのは、己れの義務なのだ。
 姉の命を奪ったこの手には、相応しいと思えて。

 武器とは、守るためにあるのか。奪うためにあるのか。
 その答えを得るために、真田はここへきた。


             ******


 「ねえ、古代はどうして訓練学校(ここ)へ来たの?」
 唐突に、黎那が尋ねた。
「そりゃ、決まってるさ。軍(ここ)は一番宇宙(そら)に近いからな」
「――宇宙?」
「それなら、航空会社とかでもいいでしょ。わざわざ危険な場所へ来た理由は?」
 槇が目を丸くして、尋ねた。 

 チッチッと古代が指を一本、顔の前で振ってみせた。
「定期航路なんて、俺は興味ないさ。俺が行きたいのは、誰も行ったことのない宇宙だ」
「ええっ。じゃあ、開拓団にでも乗り込もうってことなの?」
 黎那が大きな目を、零れそうなほどに見開いた。

 にやり、としたのは槇だった。
「マゼランだって、ドレイクだって、そうだったじゃない。『誰も行ったことのない世界へ行ってみたい』でしょ?
 大航海時代と言われた頃だって、まさか、香辛料なんかの為に命を賭けて出かけたわけじゃないと思う。『まだ見ぬ世界』を見たくて、止むに止まれぬ気持ちがあったんだよね、きっと」

「ほう。お前、よく分かってるじゃないか!」
 古代の顔が生き生きと輝いた。

「――槇。俺はずっと、お前が軍になんて入ったことを疑問に思っていたんだが。その内、ゆっくり話そうと思っていた。まさか、お前も“そう”なのか?」
 沈着冷静な真田の驚いた顔というのも、珍しいかも知れない。

「何、その言い方。古代は良くって僕はダメだっていうの?」
「い、いや、そういうことじゃないが」
「そりゃね、志郎の家はいいよ。経済的に困ってないでしょ。でも、ね。ウチなんか航空系の学校の費用なんて、とてもじゃないけど、負担できないし。となれば、軍(ここ)が一番手っ取り早いじゃない。僕は自分で造った艦で、まだ誰も行ったことのない宇宙へ行く。そのために軍に入ったんだ」
 いつもの、おっとりとした槇ではなかった。夢に瞳をきらめかせた18歳の若者がここにいた。

「ならば、その艦を俺が指揮しよう。どうだ?」
 古代もまた同じ瞳をしていた。
「いいね、それ! うん、僕の艦を古代になら任せてもいい」

 明るく屈託のない性格で、誰からも好かれる槇であったが、人を見る目は持っていた。入学して半年、同期生の能力はおよそ把握している。

 はあ~と黎那が大きく息を吐き出した。
「これだから、男って。ホント莫迦ばっかりよね」
 だが、にやりとして。
「危なっかしくて仕方ないから、あたしのロボットを旅のお供につけてあげてもいいよ」
 答えるように、古代と槇が親指を立てた。

 「真田は作戦参謀って処だな」
 古代の発言で、真田へと視線が集まった。
「馬鹿野郎。勝手に話を決めるな! 誰が一緒に乗るなんて言った!?」

 一瞬の間があったが。

「航海士は一人、心当たりがある」
 何も聞こえなかったように、古代が言った。
「あ、わかった。茉莉花でしょ」
 黎那は茉莉花と寮が同室だった。航法科で一番の腕を持つと思われる、物静かな意志の強い女だ。
「ああ、彼女ならいいんじゃない? ついでに、幕之内を連れていけばおいしいご飯にありつけるよ」
「長旅にメシは重要だからな!」
 入学以来、“そういう目”で同期生を見ていた古代と槇であった。
「機関士は?」
「あのさ。何も同期で固める必要はないでしょ」
「おい、お前たち!! 俺の話も聞け!!」
 勿論、誰も真田の抗議など聞く耳は持っていなかった。



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胡蝶の夢:更新情報 『TO YAMATO』 05

2010/12/25 19:00

胡蝶の夢~夢の覚え書 を更新します。
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『TO YAMATO』
ヤマト時代になる前の、真田志郎を中心とした物語です。
相変わらずオリジナルキャラクター満載ですのでご注意ください。

今回準備不足で、しばらくblog連載という形にしますので、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


 序 章 : この丘の向こうに  (1)
 第1章 : めぐり会い      (1)(2)
 第2章 : 夢はかなたへ
    (1)(2)←(3)(4)
 外 伝 : 星下之宴       (既出) 【以下未定】




      第 2 章  - 夢はかなたへ -

(武士のお題:no.26「異国憧憬」)


=3=

 研究室を飛び出した黎那は、科学棟さえも駆け抜け、裏庭に出た。
 小高い丘の上にあるこの訓練所は、こんもりとした裏庭から街を見下ろすことができる。その街に向かって黎那は大声で叫んだ。

「ばかっ! ばかっ! ばかあっ!!」
 はあはあと肩を揺らしていると、ぽろぽろと涙がこぼれた。

「ばかあっ!!」
 もう一度、叫んだ。
 夏期休暇中の昼下がりのこんな場所に、誰の姿も認めることはできず、黎那の声は青い空に吸い込まれてゆく。
 握りしめていた手を開くと、小さなチップがそこにあった。

「ばかっ」
 3度目は小さく呟き、設計図の記されたチップを握った右手を振り上げると、目の前の低木に向かって思い切り投げつけた。チップは音も立てずに、茂みの中へと落ちた。もうあれを見つけることは困難だろう。

 これで終わり。
 そう思った時だった。

「ってえな。いきなり罵詈雑言を浴びせられたと思ったら、今度は何だっていうんだ」
 髪を掻き上げながら、男がひとり茂みから姿を現した。
「古代…!」
 訓練学校同期生である、古代守の姿がそこにあった。


               ******

 「これ、どう?」
 差し出されたのは一本のタバコだった。

「古代、あんた、タバコなんて吸ってたの」
 21世紀初頭、煙草は社会の多くから排斥されたものの、人間はこの古い嗜好品と決別することはできなかった。禁煙の叫び声が沈静化すると共に徐々に喫煙人口は増していった。結局の処、現在は分煙を基本としつつも、喫煙自体は社会に容認されている。

 ほら、と投げ渡され、黎那は慌ててそれを受け取った。
「息を吸いながら、な。こう、」
 言われるままに火をつけて吸い込むと、煙が喉を刺激し、黎那は思い切り咳き込んだ。
「こ、古代っ! これっ」
 あっはっは、と古代は笑い、最初は誰でもそうなるもんさ、と続けた。慣れるとうまいぞ? というのを、もうこんなのいらない、と突き返した。
 古代の吐く煙が、ゆっくりと霧散してゆく。


 ジイジイと蝉の鳴き声が聞こえてきた。
「古代は、ここで何をしていたの?」
「昼寝」
 当然のように答えが返ってきた。
「この暑いのに? 熱中症になるよ」
 黎那は呆れたが、古代は笑うばかりだ。
「そういや、藍澤。お前、射撃上手いな。何かやっていたのか?」
 休暇前の夏期特別訓練での話だ。
「別に、何もしてない」
 へえ、と古代は感心した。
「身体能力が高いんだな」
「古代こそ。あたしなんて比べ物にならないくらい凄かったじゃない」
 後に『スペースイーグル』のふたつ名を持つようになるこの男は、既にその能力の片鱗を示していた。
「俺は日々鍛えているからな」
「うわ。自慢げ」
 黎那が形の良い眉を顰め、古代が笑った。


 「古代は帰省しないの?」
「そのうちな」
「家族が待っているんでしょ?」
「ん、まあ、そうなんだが。実家は煩くてな、いろいろ面倒なんだ。歳の離れた弟もいるし、俺が居ると何かと生活乱れるだろ」
「ケンカでもしてるの?」
「いや。そういうわけじゃないが、まあ、親戚とか、挨拶とか長居すると面倒だからな。ここは楽だ。タバコも吸えるしな」
 古代がにやりと笑うのにつられて、黎那も笑顔になった。
「古代はいつも楽しそうだね」
「まあな」
 蝉の鳴き声と、青い空。木陰に座っていると、案外涼しい風が頬を撫でた。
 いつもは賑やかな男が、今日は口数も少なく。
 ただ、ふたり腰を下ろして街を眺めていた。


 「あたしね」
 口を開いたのは黎那だった。

「ずっと知りたかったことがあるんだ」
 うん? と木に凭れた古代はまた眠たげだ。
「ねえ、古代。保存されたDNAで身体を再生して、そこに記憶を注入したら、もう一人の自分ができるのかな」
「――できません」
 眠たげに目を瞑ったまま、古代は答えた。
「どうして?」
「法律で禁止されているからです」
「古代」
「――結論がないんだ。考えても仕方ないだろ?」
 う、と黎那が口を尖らせた。

「じゃ、じゃあね。逆に、感情プログラムを重ねていったら、ロボットはどんどん人間に近づいていって、そして、最後は人間になるの?」
「だから、勘違いしないようにヒューマノイド型には規制があるんだろ? 俺はどこまでいってもロボットはロボットだと思う。感情プログラムだって、擬似感情を学習しているに過ぎない」
「それなら、脳だけになったら? 人工のボディに、脳だけ本物で。そうしたら、それでも“その人”なの? ねえ、それとも“別な人”なの? ねえ?」
「藍澤?」
「ねえ、古代。機械は機械でしかないの? どこまでいっても? そもそも、赤ちゃんが学習するのと、学習プログラムとの違いってどこ? ねえ、古代?」

「――藍澤!」
 強い口調で名を呼ばれて、黎那がハッとした。

「――ごめん。そんなこと古代にわかるわけないよね。ごめん」
 黎那がしょんぼりとした。
「いや、確かにそうだが、そう納得されても、どうも馬鹿だと言われているようにも思えるんだが」
「ごめん、そういう意味じゃないんだ」
 クスリと笑った黎那が話し始めた。


 生まれたばかりの黎那を残し、彼女の母親は事故に巻き込まれて亡くなってしまった。赤ん坊の黎那に、父親は生前に録音しておいた母親の子守唄を聞かせていた。
「ただ、それだけ事なんだけどね。ロボットと人間の違いって何だろうって、ずっと考えていたんだ。ねえ、古代。限りなく進化したら、ロボットと人間ってどこが違うんだろうね?」


 「それは神の領域なんじゃないか」
 唐突に声が掛けられ、驚いた二人が振り返ると、真田と槇が立っていた。



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胡蝶の夢:更新情報『TO YAMATO』 04

2010/12/24 19:00

胡蝶の夢~夢の覚え書 を更新します。
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ヤマト時代になる前の、真田志郎を中心とした物語です。
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 第1章 : めぐり会い      (1)(2)
 第2章 : 夢はかなたへ
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 外 伝 : 星下之宴       (既出) 【以下未定】





      第 2 章  - 夢はかなたへ -

(武士のお題:no.26「異国憧憬」)


=1=

 ジイジイと蝉の鳴き声が、開け放した窓から飛び込んでくる。
 2190年の夏は、記録的に暑かった。
 巷では熱中症で倒れる者が続出したが、ここ、宇宙戦士訓練学校も例外ではない。学生舎はまさに蒸し風呂状態だった。とはいえ、毎年恒例の『これもまた訓練だ』という大義名分が堂々とまかり通ってはいたものの、訓練生たちが『自習』と称して冷房のある校舎へ逃げ込むのも、今年は苦笑とともにおおめに見られていた。

 だが、この総合科学研究室は閑散としている。それは早朝だからという理由では、勿論ない。
 ここが『変人の巣窟』と呼ばれていることを知らないのは、ここへ集まる人間だけである、というのは何時の時代も変わらない。

 『変人』と分類されるひとりが、窓を閉めながら言った。
「ねえ、黎那(れな)は自由課題、何か考えた?」
 同じく『変わり者』と呼ばれるひとりが、顔を上げる。
「ん。――槇(しん)は?」
 キーボードを打つ手を止め、質問を返した。
「まだ決めてないんだよね。志郎は?」
 『怪物』が冷房のスイッチを入れると、肩を竦めた。
「ふうん。――それなら、あたしの話にのらない?」
「何するつもりなの?」
 槇が、仔犬のようだと言われる薄茶の瞳を、きらりと輝かせた。

 宇宙戦士訓練学校へ入学し、半年近く。
 真田志郎、佐藤槇(しん)、そして藍澤黎那(あいざわれな)の3人は、ここで机を並べている。

 あの日、試験会場で顔を合わせた3人は驚いて目を瞠った後、にやりと笑った。
「偶然だな」
「ご縁、じゃない?」
「腐れ縁はごめんだけど」
 それぞれが勝手なことを口にして、だが、最後は一緒に「まったくだ」と締め括った。
 結果。
 互いに握手を交わした3人が、入学考査の上位三席を占めることとなった。
 希望課程は、共に技術科。
 中でも、真田の成績は群を抜いており、また、既に博士号を有し最高学府にて実績を上げていることも相まって、早速研究室を与えられることになった。
 『変人の巣窟』が誕生したわけである。
 とはいえ、この3人が特に親しくしていたわけではない。たまたま、この夏の課題に、指定されたグループのメンバーだったというわけだ。

 現在、夏期訓練が終了し、長期休暇を前に期末考査が終了した処。
 さすがに初めての特別訓練はハードではあったが、それぞれに優秀な成績を修めた。いかにもな真田は別格で、万能とも云える才能を多方面で発揮し、早速、『怪物』と認識されるに至る。だが意外なことに、軟弱そうに見えた槇や、いつ脱落するかと陰口をたたかれていた黎那までが実技でも上位の成績を収めたことで、3人は一目置かれる存在となった。
 
 さて。長期休暇中の自由課題である。
「何考えているのさ」
「ロボット制作なんてどう?」
「今更?」
 槇が言うのももっともだ。
 技術科へ進もうと思っている人間なら、既に、1体や2体のロボット製作の経験は持っているだろう。
「――どういうことだ」
 真田の言葉に、うふふん、と黎那が勿体ぶってみせた。組んだ指の上に、その形の良い白い顎を乗せ、笑う。
「キーワードは宇宙。それから、オトモダチ、ね」
 なるほど、と真田が腕を組み思索に走る。
「万能ロボット、だな」
「そういうこと」
「おトモダチってことは…つまり、感情も学習するの?」
「そうそう」
「宇宙に出るなら、分析は必須だな。ボディの強度も必要だ」
「日常生活の補助もできないとね。丹沢製作所で活躍できるくらいには」
「げっ。それって、めちゃくちゃハイレベル」
「じゃなきゃ、面白くないじゃん」
「それならば、中央中枢コンピュータ並みのデータと演算能力も欲しいところだな」
「うふふーん。どこまで迫れると思う?」
 うーん、と槇が首を捻った。
「――高機能アンドロイドにしたいわけ?」
「それは、不可。あくまでも、ロボット。見かけはオールドタイプだよね」
 ヒューマノイド型ロボットには、擬似感情によるやっかいな問題を引き起こすことを防止するために、様々な規制があった。

 「それじゃ武装ロボットってこと?」
「ううん。それはなし」
「うーん。宇宙へ出るのに非武装ロボットって、いざって時に役に立つの?」
 槇の疑問はもっともだが。
「じゃあ聞くけど、槇は“オトモダチ”を楯にして何とも思わないわけ?」
 う、と槇が言葉に詰まった。
「ね? コンセプトがオトモダチだったら、非武装でしょ?」
「藍澤に一票だな」
 真田が口を挟んだ。
「確かに」
 槇も納得したようだ。

 それで、どう? と、黎那がふたりを見やった。
 沈黙が、5秒を数える。

 「「のった」」
 3人同時に、親指を立てた。
「基本設計とデザインは志郎だね」
「制作は、槇。プログラミングは、あたし」
「それぞれ、得意分野を担当、か」
「1か月で足りるかな?」
「それはやるっきゃないんじゃない?」
「――そういうことだな」

 「じゃ、始めようか」
「まずは、基本プランの確認からだな」

 最高に楽しい夏が始まった。

 はずだったのだが。
 3人が音を上げたのは、なんと、たった1週間の後だった。


 =2=

 今日もまた、暑い一日が始まった。
 ここ総合科学研究室でも、暑気に負けず劣らず熱い議論が交わされていたはずだったが。今は、3人共がムッと黙り込み、気まずい沈黙が支配していた。

 黎那が提案したロボット製作の立案は、当初、順調に進んだ。
 いくら変人と呼ばれはしても、天才の誉れ高い3人である。それが一緒に、同じ方向を向いた時に得られるパワーたるや凄まじいものがあった。まるで競うように、パワーもプログラムも詰め込まれていく。それは留まるところを知らず、気付けば、実現不可能な領域にまで達しようとしていた。

 「おい、待てよ。これ、どうやったって夏期休暇中に終わらないぞ」
 最初に声をあげたのは、真田だった。我に返った槇と黎那が、互いの顔を見、目を逸らせた。デスクには、基本設計と基本プラグラムに、次から次へと付け加えられた機能満載の計画書があった。
 ふう、と槇が天井に向かって溜め息を吐き出した。
「削らなきゃ、ね」
 その言葉が、カチンと黎那の勘に障った。
「削るんなら合金の調合を止めればいいでしょ。プログラムは、絶対どこも削らないからね」
 槇を睨むように言った。
「何言ってるんだよ。感情プログラムが一番やっかいなんだから、それを削らなきゃ意味ないだろ!」
「いや」
「いや、って。お前、何言ってるんだよ」
 槇が呆れた声を出した。
「藍澤。槇の言う通りだ。感情プログラムはこのままというわけにはいかない」
「どうせ、真田は槇の味方だもんね」
「藍澤、いい加減にしろ」
 真田もやや呆れ気味である。
「いいか。どっちの味方なんて問題じゃないだろう。これでどうやって期限までに課題を提出するんだ? 俺たちは趣味でロボット作りをしているんじゃない」
「そうだよねー。残念だけど、合金の調合までは、ちょっと無理だね」
「ああ、そうだ。合金だけじゃない。基礎領域をもっと限定しなければ。槇、藍澤、修正プランを考えるんだ」
 真田の言葉に槇は素直に頷き、溜め息と共に計画書を手放した。
「ちょ、ちょっと待てっ。あたしは嫌だっ」
「あのさ、黎那。全部止めようって言ってるんじゃないんだ、修正案を考えよう、って言ってるんだよ?」
「だからっ。修正なんかしないっ。それじゃ、意味がないんだよっ」
 はあ、と真田があからさまに溜め息を吐き出した。
「藍澤。課題が提出できないことこそが、何の意味もないってことだろうが」
「そうだよ、黎那。少し落ち着きなよ」
 黎那の顔が、みるみると歪んだ。ギュッと唇を噛みしめ。
「ばかあっ!」
 そう叫ぶなり、デスクをひっくり返して研究室を飛び出した。
 残された男2人は、呆然とその後ろ姿を見送るだけだった。




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胡蝶の夢:更新情報『TO YAMATO』 03

2010/12/23 19:00

胡蝶の夢~夢の覚え書 を更新します。
宇宙図書館の「BOOKFAIRno.5 Xmas&NewYear petit特集」に参加しています。

『TO YAMATO』
ヤマト時代になる前の、真田志郎を中心とした物語です。
相変わらずオリジナルキャラクター満載ですのでご注意ください。

今回準備不足で、しばらくblog連載という形にしますので、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


 序 章 : この丘の向こうに   (1)
 第1章 : めぐり会い
       (1)(2)←
 第2章 : 夢はかなたへ     (1)(2)(3)(4)
 外 伝 : 星下之宴       (既出) 【以下未定】




      第 1 章  - めぐり会い -

(武士のお題:no.29「天泣」)

 =2=

 「とにかく、中へ入んな。手当てをしてやる」
 そう言われて、丹沢製作所と書かれた扉をくぐった。
 槇(しん)は慣れた様子で店の中へ足を踏み入れたが。
 あの騒ぎに動じなかった真田の足が、入り口で竦んだ。


 油の匂い。
 研磨機の音。
 人工筋肉の軋む音。
 棚や作業台の上には、まだ骨格のみのものが無造作に置いてあった。


 そこは、義肢装具を製作する工房だった。
 職人らしい頑固そうな老人がひとり、こちらを見もせずに作業を続けているのが目に入った。

「源先生、こんにちは」
 槇の声に答えたのは、老人ではなかった。
「あれ、槇? ごめん、もうそんな時間だった?」
 作業台から顔を上げ、ゴーグルをはずしたのは、同じ年の頃の少女だ。
「黎那(れな)! やっぱりこっちだったんだね」

 槇が親しげに近づき、手許を覗き込む。
「何やってるの?」
「関節部の玉磨き」
「へえ。すごいね。上手くなったじゃない」
 少女から球を取り上げ、矯(た)めつ眇(すが)めつ槇が言った。
「――それは嫌み?」

 プッと先ほどの男が吹き出した。
 槇の手先の器用さは並みではなかった。長じて、『神の手』と評されるようになる程に。

「そうじゃないよ。本当に上手くなったって。すごく綺麗な球体になってる」
「――あんたに言われてもねぇ」
 納得しきれない表情は照れ隠しなのかも知れない。少女の目は笑っていた。


 「そんな処へ突っ立ってないで、中へ入んな。今、手当をしてやるから、上着は脱いでおきな」
 部屋の中央にある作業台を男が片付け始めた。
 促され、入口で呆然としていた真田が我に返り、落ちつかない様子で歩き出した。

 机で作業をしていた老人の手が止まり、歩き出した真田の姿を一瞥すると、目を細め、眉を顰めた。

 「政之(まさゆき)さん、さっきはありがとうございました」
 槇が礼を言った。
「そんなことは構わねえこった」
 だがな、と政之は言葉を切った。
「あのなあ、槇。前にも言ったろう。ここへ来るときゃあ、そんな形(なり)で来るんじゃネエよ。おめえは絶好のカモにしか見えネエんだぜ」
「――すみません。もうそろそろ大丈夫かと思って…」

 槇は、ぽりぽりと頭を掻いた。
 困ったように薄茶色の瞳で見上げる姿は、当にカモがネギを背負った姿にしか見えねえ、と政之は思う。

「お前――。ここへ何度も来ていたのか?」
 槇の横に立ち止まった真田に、驚きの表情が張り付いていた。


 「おい」

 突然に肩を掴まれ、真田がびくりと振り返った。
 老人が、上目遣いに睨むように立っている。
 真田が一歩後ずさる。

 一見、何の変哲もない、どこにでもいるような小柄な老人であった。どこにそんな力が潜んでいるのか、相対する者を圧倒するだけの迫力を備えていた。その上、顔の下半分は髭に覆われており、今ひとつ表情がわかりにくい。

「上着だけじゃねえ。シャツとズボンも脱ぎな」
 真田の表情が、動いた。
「俺の工房へやってきて、そんな釣り合わねえ手脚のままでけえせるかよ」
 老人はそう言い放ち、奥の扉へと姿を消した。



 「やっぱりね」
 槇が大きな溜め息を付いた。
「槇。お前、時計を取りに来たというのは嘘だったのか」
 ムッとした表情が、露わになる。
「それは本当」
 返事をしたのは、黎那(れな)と呼ばれた少女だった。真田がぎょろりとそちらを見やった。
「隣の『藍刻堂』って時計店がウチなの。今日は技師が出かけているからね、あたしが槇の時計を預かってる。何しろ、槇はウチのお得意さんだもん」

 少女が立ち上がった。
「ふうん、面白そうな人だね」
 黒目がちの大きな瞳でジッと見つめられ、思わず真田は身を引いた。

 黎那は愛くるしい顔立ちをしていた。滑るように肌理細やかな白い肌に、ふっくらとした赤い頬と赤い唇。まるでショウウィンドウに飾ってある人形のようだ。
 だが、きらきらと輝く、好奇心旺盛そうな瞳が人形ではないのだと主張していた。
 大分、小柄だった。
 といっても、実際には平均的な身長であったろう。だが、並はずれた長身である真田には、やけに小さく映った。

「あたしは、藍澤黎那(あいざわ・れな)。槇と同じ高校のクラスメイトよ」
 まるでゼンマイ仕掛けのアンティークドールのようだと思い、つい背中にゼンマイを巻く鍵がないかと探してしまった。
「あんたは何者?」
 促されてハッとした。
「俺の名は、真田志郎だ」
 こいつ、と槇を顎でしゃくって。
「こいつとは、古い付き合いだ。家が近所でね。もっとも、今は寮住まいだが。俺は地球連邦大学総合科学科在籍、18歳」
 よろしく、と差し出された右手を、黎那が握り返した。

「――なるほど、ね」
 黎那が言った。

「あんたの手足が合っていないことは、あたしにだって分かるよ。よくこんなになるまで放って置いたもんだね。動きにくかったでしょ?」
 と言われても、急にこの状態になったわけではなく。少しばかり、メンテナンスを先送りにし続けた結果がこうなわけであり、自分でもそろそろまずいなとは思っていた処だ。
「まあ、本人にしてみれば、単に一日延ばしにした結果なんでしょうけどね」
 言い当てられ、言葉に詰まった。
「今日は覚悟した方がいいよ。たぶん、簡単には帰してもらえないから。源先生は自分の身体を大事にしないヤツは大っ嫌いでね。
 でもその代わりにね、ここを出る時には生まれ変わったみたいに動きやすくなっているはず。何しろ、ここは、このメガロポリスで一番腕の立つ、義肢装具工房だもん」
 黎那の言葉に、槇が大きく頷いた。
「もっとも口の悪さも天下一品だけど」
 黎那はクスクスと笑った。
「最高のクリスマスプレゼントを貰うための我慢だね」
 そう言って、片目を瞑ってみせた。

 慌てた真田が工房をぐるりと見回すと、政之と目が合った。
「政兄(まさにい)は源先生の一番弟子だよ。勿論、腕は折り紙付き」
 よろしく、と政之が両手を広げると、四角い顔の中、小さな目が細くなった。厳つい顔が急に優しげになる。

「おい、若えの。とりあえず、こっちに付け替えてみな」
 奥の扉から、義肢を手にした源一郎がのそりと姿を現した。


               ********

 丹沢製作所と出会ったことで、真田は己れの身体の制約から解放されることになる。

 神出鬼没と謳われた天才科学者のその活動を可能にしたのは、間違いなくその秀逸な義肢の存在であった。
 真田は生涯にわたり、己れの生命線とも云える義肢の製作を、この丹沢源一郎とその一番弟子である、光本政之(みつもと・まさゆき)に委ねた。その信頼は一度として揺るがなかったと云う。

 そして、丹沢製作所で培われた技術は公開され、幕を開けた宇宙開発時代を支える礎のひとつとなった。


               ***********

 「ウチの界隈で騒ぎに巻き込んだ詫びだ」 
 クリスマス・イブの朝、真田は芸術品のような四肢を受け取った。

 今までの義肢とて、特に不自由を感じていたわけではなかった。そういうものだ、と思っていたのだ。だから、新しいそれが自分用に調整されていくのを、ただただ驚愕の思いで見ているしかできなかった。
 技術の差を改めて見せつけられた。
 高度な技術が、可能性をもたらした。
 深々と頭を下げ礼を言う真田に、源一郎は相変わらずの愛想無しで、ふんと横を向いただけだ。

「あ、雪」
 黎那が嬉しそうに窓辺に走り寄る。だが、見上げた空は真っ青で、雲ひとつない。
「風花かあ」
 それでも黎那は嬉しそうだ。

 この街には、めったなことでは雪が積もることはない。

「お天道様だって、時にゃ笑い泣きされるんだろうよ」
 珍しく、源一郎が笑みを浮かべて青空を見上げ。さあて、今日も仕事だ、と奥の部屋へと姿を消した。
 その後ろ姿にもう一度頭を下げ、真田は真新しい手をギュッと握った。


 そして。
 今までに味わったことのない自由を手にした真田は、ひとつの決意を実行に移した。



 数か月後。
 3人がそこで顔を合わせたのは、果たして偶然か、必然か。

 宇宙戦士訓練学校の入学考査であった。

2010.12.20 written by pothos




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