寛大になりたい。

2011/03/29 13:11

この3月で退職なさる方がいらっしゃるので、職場の同僚と一緒に昨日買い物に行ってきました。
この同僚も私も、贈り物を選ぶのが苦手なので散々迷いましたが、ニャンコが好きで、陸上の支援をなさっている方なので、ニャンコ柄のスポーツタオルのセットという無難なチョイスに(笑)
結局、喋っている時間の方が長かったんですな。

この同僚は神戸の震災も経験しているのですが、やはり「落ち着いたのはやっとここ数日」と言っていました。
それは私も同じです。
それまで、勤務中はいつも通りに仕事をしていても、帰宅すると「今日はどうなったのだろう」とテレビのニュースを見入ってしまい、やっとの思いでご飯の支度。いつも通りの事がなかなかできなくて、気が付いたら部屋の中がぐちゃぐちゃだった。
時間も気持ちも余裕がなかったよね、と2人で笑いました。

 **

今回の震災が今までのそれらと一番違う点は、やはり原発の事故が絡んでいるということでしょう。
少なくとも、私にとってはそうです。

現在、放射性物質の拡散ということで、水や食物のあれこれが制限されたりしていますが、私は特に対処はしていません。
私は、生まれてこの方、水は水道から飲むものだと思っているので、ミネラルウオーターというものを購入したことがほとんどありません。少し前に、安売りしていた水があって、備蓄用に買ったくらい。何しろ、浄水器さえつけたことが無かったんですから。(要するに田舎にばかり住んでいたのよね)
なので、今でも普通に水道から飲んでます。

実家が栃木なんですが、私の大好きなかき菜が送られてきた翌日に、かき菜の出荷制限があったのであまりのピンポイントさに笑いましたが、かき菜を一年中食べることはあり得ないので、普通に洗って湯がいて食べてます。旨いです。大好きですなんですもん、かき菜。春のこの時期だけの楽しみですしね♪
だから、その分ほうれん草は食べてません。だって、かき菜があるんだもん。
そういうわけなので、かき菜が無くなればほうれん草も食べますよ。

牛乳はやっと手に入るようになったので、日常が戻ってきた感じです。
何しろ、我が家は一日に1~2本の牛乳を普段から消費していますんで、それが無いというのはいかにも非日常的な感じです。

今欲しいのはカイロかな~。そろそろ在庫が切れそうだから。
職場の空調を切っているので、寒いんですよね。基本、ガテン系の接客系肉体労働なので動いている時はいいんですが、腰が冷えるもので。私、腰痛持ちなんですよ。この間は坐骨神経痛が出そうでヒヤヒヤしましたが、事なきを得てホッとしてます。とにかく冷やさないようにするのが一番!

昨日は震災以来のからあげを作りました。
余震が怖かったので、ずっと揚げ物は控えていたんですが、そろそろいいかなと思って。というか、メニューに困ってからあげにした、というのが本音ですけど(笑)
久しぶりだったので、子どもたちがバクバク食べてくれました。鶏もも4枚、ぺろりとなくなっちゃいました。

**

何度も言いますが。
余裕がなくなっていたんだな、と思うんです。

スーパーの棚は、夕方になると相変わらず品切れだったりしますけど、でも、そんなに買い占めている人は見かけません。
きっと、ウチと一緒で備蓄している人が少なかったんでしょうね。なくなりそうだからと思って、いつもよりちょっと余分に買っておく。そういう人がたくさんいて、その結果の品薄なんじゃないのかな。

そこまでは、私もそう思っていたんですけどね。

こういう苦難の時にこそ、われわれは隣人に対して寛大であらねばならない。そうしていれば、世界はわれわれにとって寛大なものになるはずだ。たぶん。
(『ア・ピース・オブ警句』2011年3月18日 「今こそ隣人に対して寛大になろう」より抜粋)


とは思っていなかったことに気付いて、ちょっとショックを受けました。

上記は小田嶋隆氏の文章ですが、「カフェ・ヒラカワ店主軽薄」という平川 克美氏によるblog(2011.03.26エントリー記事「非常時の思想」から抜粋したものです。平川氏は、私とは違ってイロイロと考察されます。

私は、高所から正論をもってして誰かを糾弾するという姿勢がキライです。
「朝ご飯をきちんと食べましょう」とか学校(or国)とかに大上段に言われるとホントむかつく。みたいな?(笑)
環境問題とか、都会のマナーについてとか、必要だと認めつつもカチンとくるのはそういう視点が多いからです。
もっとも、自分もそうなりやすいので、時々ハッとしますけどね。

「私は買い占めをしない」
そう思ってきたし、そうしてきた。
でも、それをして隣人を断じることを当然の理とも考えていたことに、気付いてなかった。

「しまった」
と思った。

と、同時に思い至る。

本当は買いたかったのかもね、私。
あと少し余分に買い置きがあれば、安心だから。(あと少し、に限度がないところがワナだけど)
だから、ちょっと余分に買っちゃう人やペットボトルの水を我先にと買おうとする人の心理は、わらかなくないよ。

だって、不安だもの。
空っぽの棚って、すごく不安を煽るものね。(さすがにもうその状態に慣れちゃったけど。今となれば、捨てるほど棚に並んでいることの方が異常かもよ?)

放射能に関して、現状私の居住地で対策を講じるほどの危機感は感じない。
でも、それはあくまでも「現状」。
将来はわらかないもん、不安だよ?
「ただちに健康に影響は出ない」って言うけど、じゃあ「将来にわたってなら影響するの?」とか「いつまでもこの状態が続いたらどうなの?」とか考えちゃうじゃない?

だから、買っている人の気持ちはわからなくはないよ。
そう思ったら、声高に糾弾するよりも、「しょーがないな、おばちゃん」(っておばちゃんご指名なのは勘弁^^;)て思えるような気がした。

きっと、不安に駆られて必要のないものまで買い込んだら、後できっと後悔する。しまった、踊らされちゃったよって思うときがくると思うな。私みたいに「備蓄は必要だったよね~」と反省して、後々揃える人もいると思うし。

互いの「ルール違反」に目くじらをたてるよりも共感できたほうが、きっと暮らしやすいと思う。
えーと。一緒に「ルール違反しろ」って言ってるんじゃないですからね。^^;

誰にだって守るものがあって、それが失われることを考えたら不安になる。
でも、あたしだって我慢しているんだからあんたも我慢しなさいよ、っていうのは余計なお世話だ。
そう思った。
もっても、なんて言う事自体、もしかしたら「余計なお世話」かもね。(笑)

**

こんな時だから、一時首都圏を離れるのもいいかも、と思う。
勤め人はね、そんな事してられないでしょ。首になったら困るからね。
でも、喫緊の要件がない人はちょっと首都圏を離れてみたら余裕が戻るかもしれない。
小さな赤ちゃんのいるお母さんは、ご実家でゆっくりしてくるのもいいかもしれない。お友だちママを一緒に誘ってみるのもいいかもね。
まだ学校の始まらない子どもたちなら、おじいちゃんやおばあちゃんの処に遊びに行ってくるのもいいかも。

頑張っている人たちがいるんだから、私たちもいつもの通りに生活しなきゃ、逃げちゃだめだよ、とか思わなくてもいいと思う。
休養が必要なら休養をとった方がいいんだよ、とれる時にね。
だって、この後、自分が支える側に回る事だってあるんだから。その時に支える手はたくさんあった方がいいんだし。

ってこととは実は関係ないんですが(笑)、山陰へ出かけてくることにしました。怪獣一匹連れて。
もともと計画されていた事なので、仕事の休みもとってあります。でも、長男は部活命なので同行しません。
一時と言えど、私にとって家族が離れることが不安じゃないと言えばウソになりますが、イロイロ考えた末の結論です。この選択を後悔しないで済むよう、事態が好転することを祈るばかりです。
懐かしい友人達と数日を過ごしてきます。

**
だいぶ長くなったので、読んで下さっている方はまれかもしれませんが、blogをひとつご紹介します。

tate様による TATEVISION というblogです。

 3/29 東日本大震災--無名の英雄たちの画像まとめ
 3/23 東日本大震災--強い子どもたち
 3/20 ヒーロー達が立ち上がった!

私はニュースの検索などは下手なので、こうしてまとめてくださると嬉しい限りなのです。

tate様とは、実は『龍馬伝』繋がりで、ポトスが毎週あがるご感想を楽しみに寄らせていただいていました。
はやぶさの情報などもまとめていらして、いつも楽しませていただいてます。
でも、どうやら『江』はお気に召さないらしく…悲しい。tateさん、是非、ご一緒に♪

さて『江』の感想も書くぞ♪ その前に、銀行へ行って来ま~す!

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 1 |

判断すること

2011/03/26 10:45

たぶん、私がテレビを見始めた頃から、天気予報はやっていたと思う。
記憶にあるのは、さすがに白黒じゃなかったような気がするけど。
40数年、私はほぼ毎日天気予報を見続けているわけだ。

「明日は雨だって」
「明後日は晴れるんだね」
その間、実家で交わされた会話といえば、そんな感じだったと思う。
「降水確率30%か。いいや、傘いらない。行ってきます」

結婚したのは20代真ん中。
「この処の天気図、春みたいだね。高気圧と低気圧が交互にきててさ(笑)」
「うわ、こんなに等圧線が詰んでるから、今日はすごい風強いね」
「げっ、何これ。こんな天気図初めて見た! 低気圧がいくつあるの!」

話し相手が父や妹→夫に変わったことで、同じ天気予報を見ているはずなのにその会話が変わった。

それまでの私は、天気図を見ても、現実の天気に繋げて考えるということをしていなかった。
確かに、等圧線と等圧線の感覚が狭いと言うことは、気圧の変化が急だということで、風が強く吹く、というのは高校までの理科の授業で学習していたから、知識としては知っていた。
季節により、天気図に特徴があるというこも、当然勉強した。

けれど、画面の中にそれが情報として出されていても、私はそれを何ら判断の材料にしていなかった。
私が聞いていたのは、天気予報のお姉さんの言葉ばかりだった。

「明日の関東地方は晴れますが、明後日は小雨が降るでしょう」
「寒気団が降りてきているので、朝晩寒さが厳しいでしょう」

そして、私が見ていたのは、自県の上にマークしてある「晴れ」「曇り」「雨」の絵だ。

だから、結婚したときとてもびっくりした。
「等圧線の感覚が狭いから、風が強いね」と夫。
私の感覚で言えば、「今朝は山がよく見えるから、昼頃からきっと西風が強くなるね。帰りは寒いよ」だ。

より多くの情報を手にすることは、決して悪い事じゃないだろう。
だが、情報には有用性において差があるものだ。

天気図の見方を知っているだけじゃなくて、経験則による知恵も併せ持っていた方が、当然有用性は高くなる。
経験則で予測がついていることでも、理論がそれを裏付けてくれれば更に頼もしい。

けれど、そこに情報が提示されても、それを解析する知恵を持っていなければ、判断はできない。
知識を持っていても、自分の生活と繋げて考えられなければ持っていないのと同じではないか。

それは「想像する」ということにも繋がっている。

避難所の暮らしがどういうものなのか知っている人は、画面に映らないシーンを想像することができる。
決して放送されないものがあることを、知っている。
そして、次に何が起きるのか想像できる。
知らなければ、画面に映された映像が全てだものね。

私は、如何にして「判断」をするのか。

震災以来のニュースに接しながら、私はそれをすることができずにパニクった。
自分を見失っていたのは、恐怖からばかりじゃない。
「わからない」ことで不安に陥り、不安が焦りを招いた。

錯綜する情報のどれを信ずるべきなのか。
いや。
錯綜する情報をどう「判断」したらいいのか。
この2週間、この「判断」は本当にまちまちだったと思う。
そこに結果論でない、正解があったとは私には思えない。

知らないことが、不安を招くこともある。
知っているが故に、不安を抑えられないこともある。

結局は、「どうなるかわからない」という不安をどう処理するか、ということに尽きるのかも知れない。

被災した方々の生活の再建への見通し。
首都圏の不安定さ。
原発の事故の見通し。

皆が皆、適切な判断ができるとは限らない。
私のように、あっぷあっぷしてしまう人もいるだろう。

家庭の中で。職場に置いて。自治体の中で。国政に於いて。
得られる情報の中から的確な判断のできる人が、強く求められているのだと思う。

この2週間、暴動も掠奪も起こさなかった日本人は本当にスゴイと思う。
突貫工事で短期間のウチに高速を復旧させた人も技術も、本当にスゴイと思う。

私は、私にできる小さな判断を積み重ね、日常をおくる。
来週になれば、予定していた出雲行きの結論も出るだろうね。
この週末予定されていた「サクラ祭り」は中止になってしまったけれど、小さなサクラを胸に抱いて、息子も、彼のお友だちも、みな、新しい一歩を踏み出す。

デスクトップの絵を、非常事態の「真田長官」から替えました。
とっても神々しくて素敵だったんですけどね。

小笠原で活躍されている先輩にいただいたものです。

アホウドリの雛の写真に、タイトルは「巣立ち」とありました。

sudati_2008


↓拍手コメントのお礼です。



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自分を取り戻そう。

2011/03/24 09:12

沈丁花は盛りを過ぎたようですね。あの香りがとても好きなので、一日でも長く咲いていて欲しいのですが。


真っ白い花を誇るようにつけているハクモクレンですが、ここ数日の寒さで、花びらが茶色に変色してきています。
ハクモクレンは私の中学の卒業記念樹でしたので、実家の庭にも植わっています。すっかりでっかくなっちゃって^^;。父が大きくなった枝を定期的に落としていますが、今年は咲いたのかな?(枝を思いっきり落とした翌年は花をつけません)
ハクモクレンは「卒業式」を連想させる花です。
浮かび上がるような真っ白な花は、これから歩み出す若者たちへのはなむけのような気がしています。
冷気にあたって茶色になってしまうようなことがあっても、翌年には綺麗な花を咲かせるこの木のように新たな一歩を踏み出す人々に頑張って欲しいと思います。


気付いたら、家の椿が咲いていました。

我が家は借家なので大家さんが植えたものなんですが、ほとんど土の地面などないに等しい敷地の中、門扉の脇に柊と椿が植わっています。
白と赤のマーブル模様の八重咲き椿。
「そろそろ開くかなぁ」と蕾を見ていたのは地震の前日。毎日雨戸を開けたり閉めたりしているのに、その向こう側の花を見る余裕がなくなっていたんですね。

「あれ。椿、いっぱい咲いてるね」
昨日やっと気付きました。
「もう一週間くらい前から咲いているよ」と怪獣その2が返事。
私より、子どもの方が冷静ってどうよ? って思わず苦笑。情けないかーちゃんですな。

枝を一本切り、お仏壇に飾りました。

 ***

震災以来、被災したわけでもないのに大分パニクってました。
blogを読み返すとよくわかります。(苦笑)
私は高いところは全然平気なんですが、水はコワイんです。夫の実家は瀬戸内の海辺にありますが、港へ散歩に行っても「縁」まで行くのはとてもコワくて、スゴイ逃げ腰です。子どもの頃はそうでもなかったのですが、年々、そうなっていくようかも。

ストレス溜まったり、追い詰められたりしているときに見る夢が何パターンかあって、見たくない夢TOP3に入るのが「水に襲われる夢」です。住んでいる家が大抵川とか海とか湖とかの近くにあり、そこが水に襲われてしまうんです。洪水だったり、高潮だったり、津波だったり。シチュはその時々ですが、「水が私の家を襲う」というパターンは一緒です。

今回の震災のというよりも、津波の映像は既視感でいっぱいでした。
だから、たぶん私はとても怖かったんでしょうね。自覚してませんでしたけど。

「何かしなきゃ」というのは、それを抑える為のひとつの方法だったのかもしれません。
この一週間、不安と焦りが強迫観念にまで達しようとしていたんだと思います。

先日、妹と電話で話しました。
震災前は、結構夕方になると一日の愚痴を言い合ったりしていたんですが、さすがに久しぶりで。
憑かれたように喋り続ける私に、妹が「ねーちゃん、しばらく情報見るのやめな」と言いました。

妹はクリスチャンなので、同じ様な意見を持っていても、最後の処、つまり信仰を持つ持たないという点で私と一致することはありません。
でも、褒めるのが上手いんですよ、この人。

 ねーちゃんってすごいね。
 ねーちゃんなら、大丈夫。
 ねーちゃんの考えていることは間違ってないよ。
 ねーちゃんの思うとおりにしたらいいよ。
 ねーちゃんの家族を大事にしなよ。

いっつも肝心なところで味方になってくれる。
誉める言葉を惜しまずにくれるんです。
電話しながら、オイオイと泣いてしまいました。

切羽詰まっていたのは、水への恐怖心だけからじゃありません。他にも要因は幾つか思い浮かびます。複合的なものでしょう。今でも、平時と同じ様ではありません。もの凄く涙もろいですw。感情がすぐにたかぶるし、我が街の行政の思いやりの無さに、非常に腹を立てたりしますが。
それでも、日々、笑って過ごしています。

夫と子どもの笑顔が支えです。
お客さんの笑顔が肯定感を与えてくれます。

そして、こんなblogを読みにきてくださる方がいて、メールをくださったり、ポチッと拍手をおしてくださったり、一言コメントくださったり。それらが、とてもとても嬉しかったし、励みになりました。

私は被災地の方を勇気づけるような、強いメッセージはまだ送れません。
どちらかと言えば、勇気づけられている側です。

でも。
背景の中でも、傷付いている方はいらっしゃるでしょう。
被災地の方のご苦労、ご心痛には及ぶべくもないのだから、と自分の裡に閉じこめている方もいらっしゃると思う。

そんな時は、お気に入りのカップで、お気に入りの紅茶でも珈琲でもお茶でも飲んで。
大好きな曲を聴いてみませんか。
ちょっと(精神的に)余裕のありそうな人に、愚痴や不安を聞いて貰うのも良いではありませんか。

お気に入りの喫茶店に行くのはいかが。
美味しい料理を作ってみるのはいかが。
お洒落な食事をしてみるのはいかが。
部屋を春色にしてみてはいかが。

一息ついたら、好きな小説を読んでみませんか。

計画停電の中、毎日好きなように過ごすことはできませんが、自分を取り戻すためだと思ってちょっとひといき入れませんか。

必要な情報が得られないのは、大変まずい状態です。
ですが、溢れる情報の中から、これなら信ずるに足るという情報を取捨選択するのは平時でも大変な作業です。
今は非常時です。こんな時に、平時と同じ様な判断ができなくても当たり前なんです。不安は焦りを生みます。
しかも、専門用語が多すぎて、私には報道される情報の意味がさっぱりわからない!^^; 
その上、状況は刻々と変化していきますから、判断の基準事態が変化していくのですから。

やばいな、と思ったら、一時情報から離れるのも手だと思います。
私はそうしました。
震災以来、ずっとつけっぱなしだったテレビを消し、ネットも離れ。
それは逃避かもしれないし、そうしたくてもできない方がいらっしゃるのもわかりますが。
それでも、それも一手だと思います。


状況は変わります。
県外退避も始まりました。私たち素人でもできることがこれからは出てくるでしょう。
影響がこれから出てくる事もたくさんあるでしょう。
パニックにならないために。自分をしっかり保つことは大事だと思います。


みんなで、頑張りましょう!


(blog書いている最中に、結構大きな余震があって、べっくらしました。)




↓拍手コメントのお礼



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よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

職場はこんな感じです。

2011/03/22 07:59

昨日、久しぶりにスーパーでお米を見ました。
今の我が家には必要量のお米があるので買いませんでしたが。
牛乳はまだ手に入りません。
ウチは通常1~2本/一日の牛乳を消費していたので、無い=非日常を物語っています(笑)。

非常時ながらも、皆だんだんこの状況に慣れてきているように思います。

職場では、計画停電のパターンに合わせながら対処。仕事の手順も「できるときにやっちまおう」が馴染んできたので混乱はほとんどありません。
空調を切っているので少し寒いですが、お客さんもこちらも温かい格好をしてきているので不平もでません。
4月から就職するバイトの大学生ちゃんは相変わらず呑気ですが、それも微笑ましく。「学生の時は許されても、勤め人にそれは許されん!」とまだ年若い先輩たちに喝を入れられてました。

ウチの職場は、家庭の事情が似ている人が多いので、割と今の状態を共有することができるので過ごしやすいです。互いの環境が想像しやすいので、たとえそれが解決しなくても、「もう困っちゃってるよーw」と喋り散らすことで問題を共有し、不安を解消しています。
もちろん、時には有益な情報もありますが、大抵は「仕方ないねー」で終わってしまいます。

でも、そういう問題を口に出せること、そして他の人と共有できることは決して無駄じゃありません。
中には毒舌家なおばさまもいるのですが、皆こういう時にはやんわりと話を逸らしてしまうので、あまり否定的な雰囲気にはならずに済んでます。

この時期、問題は正職さんたちの異動です。
この状態が落ち着くまで、一月くらいは異動遅らせればいいのに、と思いますがどうなるのやら。
日常業務は、どの職員よりも長くいるバイトが何人もいるので、接客系の日常業務はどうにかなりますが、内部事務と判断はできませんのでね。それがわからない正職さんが増えるのは、ちょっと避けて欲しいところですねぇ。

私は震災の日、息子を迎えに行って以来、車には乗っていません。
徒歩か自転車で済ませていますが、非力なので買い物も少量しかできず、結局毎日行くことになります。
歩く時間もそれなりにとられますが、実感として言えば「何だ、これだってどうにかなるじゃんw」です。

今までの生活を振り返ると、必要だったのではなく「便利」だったのだなぁと改めて思うことが多い。
介護する人もいず、手の掛かる(でもカワイイ♪)お子ちゃんもない今の生活は、ついつい「今までできなかったことをする」という方向にばかり行きがちで、あれもこれもと欲張りすぎていたような気がします。
今は優先順位がはっきりしていますからね。自分の生活を改めて見直すのもいいんじゃないかと思いました。

こんな時ですが、本も読んでいます。
背筋の伸びる山本一力さんはいいです。
そうそう、「プリンセスとよとみ」も手許に届きました。

背景である私たちがしっかりと生活できるよう、頑張りましょう。(^^)
一週間が始まります。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

『江』no.10感想

2011/03/20 23:28

『江 ~姫たちの戦国』no.10わかれ 2011.03.20放送

こんな状況下ですが、朝ドラの「てっぱん」も再開し、大河も始まったことにまずはホッとしました。事態は復興に向けて好転しているんだ、と思えて。でも、こんな時に北之庄落城ですからね、だらだらと泣いてしまいました。「息子と生き別れ」を想像したら、足許の地面がガラガラと崩れていくような気がしてしまい、今現在そういう方がたくさんいらっしゃるのだろうと思うと、とっても辛い。

そんな、母娘のわかれの回でした。

賤ヶ岳の戦い。
鬼柴田(勝家)と戦国一の美女・お市が炎上する城で自刃。

メインストーリーは、お市と三姉妹の別れです。
政治的・戦略的には、秀吉と勝家の駆け引きが見所なんでしょうが、『江』は姫たちの物語ですからね。

作中、勝家自身も言っていましたが、勝家の将としての限界だったのではないでしょうか。この物語中で「鬼柴田」殿が活躍するシーンはほとんどありませんでした。敵将の前では勇猛果敢な男も、妻や娘の前では一人の「父親」。
そういう姿を描きたかったのだろうとは思いますが、それではこの時代の「女」は生きにくかったでしょうね。それに、「父親」としての情を示すために犠牲になった家臣がどれほどいて、その家臣にも無事を願う家族がいたのだ、ということに彼女たちはいつ気が付くのでしょう。
戦国の悲劇は、男も女もその愚かしさに気付きながらも、一旦始まってしまった戦いを誰も止めることができなかった、ということに尽きると思うのですが。
それほどに信長・秀吉・家康の業績は偉大なんじゃないでしょうか。

家康と言えば、日和見タヌキじじいだったのが、中途で動向をはっきりさせましたね。
「勝つのは秀吉」。よって「茶入れを秀吉に進呈」します。
こういう大将の下にいる家臣は、殿を信じ切ることさえできるのなら幸せでしょう。そこに僅かでも疑問が入ってしまえば苦しいし、悲惨ですよね。信長と光秀みたいです。後の石川数正なんかもそうかな。

勝家が帰城したときに「戦場で捨てて当然の命をここへ持ち帰ってしまった」と市に詫びます。「一目でいい、そなたにもう一度会いたいとの一心で」と。

私はそれを胸に秘めつつ戦場で戦う姿に一番ときめくわけですが(笑)、でもこういう展開も悪くはないですね。ここまで来てしまえば、何処で命を落とそうと、関わるのは「鬼柴田のメンツ」だけでしょうから。
(でも「天晴れな大将の下にいた家臣」の方が、今後の名があがるのかな? 戦国時代には、主を7人かわってこそ一人前、みたいな事も言われてましたものね)
城を落ちたと思っていた恋女房が、最後の最後、天守で待っていてくれたら、柴田勝家本望でしょう。
最後のふたりのやりとりも、良かったです。

自刃しようとする市と、背後に立ち刀を振り上げる勝家。

今ならば、愛する者をその手に掛けるなど、どれほどの辛さだろうと考えますが、でもきっとこの時代には違った価値観があったんでしょう。そしてそれは「宗教」と関係あったと思うんですが、その辺はこの物語ではクローズアップされません。浅井長政を想い、柴田勝家と死を共にしようと想う市の心情は、それはそれで真実だと思えます。

それにしてもこの物語の秀吉は、徹底的に悪役ですねぇ。
人たらし、と言われ、愛嬌のある人好きのする人間として描かれることが多い人物だと思いますが。
正妻「おね」を蔑ろにはできないながらも、市を側女にしようと思い描く秀吉は、私にはやっぱり「阿呆」にしか見えませんが、息子には「すげえ」とうつるみたいで、その辺共感できない場面であります。

とこっとん、嫌われてますもんね。市にも、茶々にも。
それが、秀吉の側室になるんですから、どういう物語が用意されているのやら、その辺は楽しみにであります。

で、三姉妹。
母との別れに用いられたのは「帯」でした。
数ある帯の中から、娘たちの気に入るものを当ててみせ「母上は何でもお見通し」とその絆の強さを描きながら、「猿の側女になるのは真っ平。生き地獄よりも死ぬ道を選ばせてくれ」と娘たちに迫ります。

別れの品は、帯でこさえた匂い袋と自分の髪。

茶々には「誰よりも長政に似ている。浅井の誇りを後々まで忘れるな」。
初には「姉も妹も持っているのはそなただけ。ふたりの楔になるように」と。
江には「織田家の誇りを託す。思うまま生きたいように生きよ。そなたは希望じゃ」と。

それぞれに、それぞれの言葉をかけ、母親らしいわかれの言葉ですが、それを聞かされる娘たちはどれほど辛かったでしょうね。自分が手に落ちなければ、娘を身代わりに得ようとすることなどわかりきったことでありましょうし、市も当然考えています。だから、文に「娘には指一本触れるな」と釘を差すわけですが、そんなことを秀吉が顧みると信じていたんでしょうか。ありえんでしょう。
充分に大きくなった、というのは、いくら戦国の世とはいえ、まだ幼い。守ってくれる親がいてさえ、どうなるか分からない時代なのに、保護者がいなくなってしまえばその末路の悲惨さは知れたはず。
希望としては、「織田家の血筋」を政治的に男共がどう活用しようとするか、という一点だと思いますが、かなりの賭けですよね。

結局、市は、母親として生きてきたけれど、それを全うすることはできなかったのだと私は考えます。
自分がどんな目に遭おうと娘を守りたい、とそう考えてはいても、できなかった。
その市を責めようとは思いません。人が背負いきれる荷物には限りがあるのだから。信じた道を最後まで貫き通す事は偉大だけれど、その途中で倒れてしまったとしても他人に責める権利はない。
母としての道は全うできずとも、妻としては夫に最大の贈り物をすることができたのではないでしょうか。

ただ、一生懸命に生きた。
そう言えるのかもしれません。

これからの三姉妹の道が、この物語の骨子です。

そうそう、台詞のない処で宮沢りえの表情が良かったと思います。

次回、「猿の人質」。



no.09 ≪「江」感想 ≫ no.11&12
↓拍手コメのお礼です。



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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

『江』感想  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

パソコンがへそ曲げた!

2011/03/19 15:58

昨日からパソコンがへそ曲げてしまい、携帯からしかアクセスできませんでした。
ああ、直って良かった。
夫、ありがとう。

私の職場は、一面、娯楽的性質を持っている。
だから、地震の翌日普通に職場が開いて、普通にお客さんがいらした時には、正直かなり驚いた。

そこにあったのは変わらぬ日常だったから。
職場では「今こんな事してる場合じゃないんじゃないの?」と言う人もいたけれど、相変わらず運営された。

計画停電は、ある。
システムがダウンするので、業務のほとんどが行えない。
ウチは分室みたいな処なので、システムの大元がある本部の停電の影響もある。

でもね。お客さんは来るんだよね。

私は花粉症なのでマスクをしたい処だけど、こんな時はこんな顔でも見えた方が良かろうと思い、マスクを外して接客している。その分、くしゃみが出て煩いかも、なんですが(笑)。

ここ数日、お客さんが来るのだから開けている意味はあるのだろうと思いつつ、何だかなーという雰囲気が少しばかり職場に漂い始めた。

節電のため空調が切ってあるので、話し声は良く響くのだけど、お客さんはいつもの通り静かだ。
そんな中に時折子ども声が響く。
親御さんと一緒に来た幼子が、キャラキャラと笑っている。

それだけで、ぐんと雰囲気が和らいだ。

「家にいると、気持ちが沈んじゃって」
そう言って、親子でいらしてくれた方。
「連絡もらったから、楽しみにして1時間かけて歩いてきたの。無駄足にならなくて良かったわ」
と、リュックを背負った常連さんが、停電15分前にいらっしゃった。
「いやー、大変なことになったね! こんな時こそみんなでがんばんなきゃね!」
と、白髪のおじいさんが、ガハガハと笑う。

開けてて良かった! 少しでも役に立てるんだ!
直接被災者の方の役に立てるわけではないけれど、それでも、私は嬉しかった。

「お怪我されませんでした?」
「大丈夫、大丈夫。荷物は落ちたけどね~。ここも大変だったでしょ?」
「ええ、まあ。あ、荷物が重いですから、お帰りもお気をつけ下さいね」

空調のない静かなフロアに、そんな会話が響く。

買い占め、と言われているし、実際スーパーの棚は空っぽだったりするけれど。
「でもさー、聞くとみんな『明日のコメ』って言うんだよね」
と同僚が言う。
こっそりと、「実はさっさと買ったんだ」なんて耳打ちする人とは出逢ったことがない。

暴動だとか、掠奪だとか。
未だ報道されない日本人てすごくない?

私は基本的に性善説を信じている。
邪な心も、自分中心な思考も、みんなそれぞれ持ってはいても。

日常を送り、背景を支えることは、きっと無駄じゃない。

次男は、春からの入学に備え、宿題の問題集を開いている。
長男は、相も変わらず部活に励む。
夫は、「今日も電車が動いているといいな~」と言いながら出勤していく。
私は、「ようし、コメも炊いたし、洗濯もした。仕事だっ」と、マスクをひっつかんで出勤する。

被災していなくても、停電がウチの経済活動に多大な影響を及ぼしていなくても。
それでも、日々心は揺れる。
不安との戦いという点では、影響が少なくてもないわけではない。

被災地の方が、一日も早く温かい食べ物を口にでき、温かい布団で眠ることができますように。
不眠不休で働いている方々に感謝を。
いろいろな影響を受けながらも、日常業務をしようと働いてくださっている方々が倒れませんよう。
身体を張っていらっしゃる自衛隊や東電の方々の努力が報われますように。

 *****

そういえば。
「非常事態だから」という理由で、モニタの壁紙を真田長官にしました。^^
息子たちが、笑ってました。

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弱っちい私だけど。

2011/03/17 09:33

つくづくと、よわっちいな私、と思う。

日常と、非常事態。
被災地と無事な我が家。
停電やエネルギーの対応に追われ頑張っているみなさんと「節電」を心懸けるだけの私。
日常業務と臨時業務。

その狭間で、立ち位置を確保しようと思い、でも、ブレる自分がいる。

自分が被災をしていないこと、大きな影響を受けていないこと、そのためにさして苦労していないこと。
それが、時に心苦しい。

被災された方々。
被災地で頑張っていらっしゃる方々。
影響が甚大で、ご苦労されていらっしゃる方々。

被災地ではないものの、影響があった方も多数いる地域なだけに、日常が送れてしまうことに、負い目を感じる。

だからこそ、きちんと生活しよう。
そう思っているし、そうしているつもりだし、それしかできないんだけど。

自分の立ち位置がブレる。

娯楽施設という一面も持った我が職場は、普段よりも2時間早く閉めることで節電に協力することになった。
それでも、「今こんなことやってる場合なの?」と呟く同僚は何人もいる。
「今それやらなきゃ、後で大変だよ。できるときに、いつも通りのことしなきゃね」と答えてみたけど。
「でも、気持ちが揺れるね」と頷き合った。

 **

「今日は米騒動だったねえ」と帰り際、上長に笑われた。
あと2,3食しか米がないんです! 買い占めるんじゃなくて、明日の米! どこかで売ってません!?
と、昨日職場で騒いだからな(苦笑)。
騒いでみたら、米不足に胃が痛くなりそうだというのは我が家だけでなかった。皆で額を寄せ合った。
同僚の機転で農協さんから購入することができた時は、本当にホッとした。

実際買いに行ってくれた息子の話では既に「完売」の表示があったとのことで、どうやらラッキーなタイミングだったらしい。

 **

先日、防災の準備をしようと考えたと書いたけど、さすがに今現在それをすぐに実行するつもりはない。
ただ、危機感のある間に家の中を点検し、何をどうしたらいいのか今のウチに考えておく、それだけ。
実は乾電池もカセットボンベもほとんど予備が無く、実際でかい停電がきたら結構ヤバイ。
でっかい余震が来ても、備蓄食糧もほとんどない。

でも、今買い占めちゃうわけにはいかないでしょ。
まだ流通がいつも通りじゃないんだから、今あるものをみんなで分けて使った方がいいと思った。
だから、今必要じゃないモノは買わない、そう心に決めている。

でもね、これ結構賭けだと思う。
もし、でっかい余震や新たな地震が今来たら、我が家の食べ物はあっと言う間に底をつくでしょう。
その不安との戦いなわけです。
あの空っぽのスーパーの棚は、不安を煽ります。
「やっぱ、買い溜めた方がいいのか!?」って。
それを自制するのに、結構な葛藤があるわけです。

 **

昨日、久しぶりにCDを聞きました。
ブルーハーツの「リンダリンダ」「人にやさしく」等々。

単純だから、元気をもらいましたよ。

被災していない方も、大きな被害のなかった方も、たぶんみんなしんどい。
もっと大変な人がいるんだから、これくらい我慢しなきゃ。こんなこと大丈夫。
そう思って頑張っている人が、たぶんたくさんいる。

隣の「自分より大変な人」が倒れそうな時に、自分も一緒に倒れてしまわないように。
そんな時に、自分が支えになれるように。
今は「日常」をきちんと送る。

たとえ、結果的にその準備が活躍する状況がなかったとしても、きっと背景となる日常を支えることは無駄じゃない。

影響のない遠隔地(全く影響がない人はほとんどいないと思うけど)と被災地の狭間で、それなりに影響がありながら日常を送れてしまう我々が、きちんと日常を支えよう。
不必要な買い占めはやめよう。
計画停電ならまだしも、非常食が必要なほどの災害があったら、きっと自分だけ助かるわけじゃないから。

一番の心配種は、実は原発。
これはもう推移を見守るしかない。
最悪の時が訪れないことを祈るしかないです。
現場の方々は、自分の身体を盾にして活動されているのだから。

被災された方に、温かい食べ物と安心して眠れる場所が一日も早く届きますように。
そこへ援助に行かれる方が安心して出かけられるように。
影響を受けた方ががんばれるように。

私たちは背後の日常を支えよう。

よわっちい私はやっぱりぐらぐらと揺れるけど、頑張りまっす。

↓拍手コメのお礼



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元気のでる曲は?

2011/03/16 21:15

眠りが浅い理由が判明しました。

犯人は、お前だ!! ⇒ 花粉症です。

気温は高くなって、好いお天気だったし。いつもなら車で移動する処を、徒歩&ちゃりになっているので、もろに花粉浴びまくってます。

朝起きると目が開かないよー。
鼻はかぴかぴだよー。痛いよー。

クスリは飲んでいるんですけど、これだけ花粉を浴びちゃうとどうしようもないですね。
ううう。

 **

昨日書いたお米のことですが、どうにか手に入りました。
10時の開店と同時に息子2人が別のスーパーへと駆け込んだんですが、ありませんでした。
こりゃ60㎞離れた実家行きか? と悩みましたが、何と、農協、いえJAにあったんですよ!
しかも、JAウチのすぐ傍だし!

職場の同僚と一緒に、「これで一安心だねー」と話しました。
彼女の家のお米も底をつきかけていて、2人で眉間にしわを寄せ合っていたんです!
ああ、よかったよーー。

 **

ところで、表題の元気のでる曲ですが、何を聞きたいですか?
友人が何かで使うらしく聞いてきたのだけど、私はあまり知らないんですよね。

一番べたなのは、ZARDの「負けないで」かなー?

私が好きなのは、THE BLUEHEARTSの「リンダリンダ」とか「人にやさしく」です。

ホントは「宇宙戦艦ヤマト」だったんだけど、「――あまりにマニアックで人に言えない・笑」と言ってしまいました(笑)。

みなさんは、いかが?

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私にできること。

2011/03/15 19:59

地震があってから、毎日ぐっすりとは眠れません。
怖い、のかなぁ?
一度目が覚めると寝付くのに時間がかかるし。
何て言っても、私のことですからたかが知れているんですが。
それでも、特別疲れたという気はしないけれど、時々もの凄く眠くなるわけです。
アドレナリン出っぱなしってことですかね?

次男の卒業式も行って来ました。あまり寒くなかったし、彼の仲の良いお友だちのお母さんともお会いできて良かったです。

 *****

何ができるだろうか、と自問してみて、まずは惑わされないようにきちんと生活しよう、と思った。
けれど、それ以外に何ができるのかわからない。
今の時点でボランティアできるわけでもないし、私のように体力のない人間が何かしようとしてもきっと迷惑をかけるだけだろう。
募金をするにしても、そんな一人でできる金額なんてたかがしれてる。申し訳ないが、ウチにお金は溢れていない。それでもしないよりは良いだろうし、そういう小さな積み重ねが役に立つこともあると思うから、無駄ではないとだろうけど、それで「何かしたつもり」ってのも何だかなぁ、と思っていた。

結局、防災ってことを何も知らないから、何も浮かばないんだな、と思い、図書館で防災の本を借りてきた。
購入しようと思っていた本は、Amazonで在庫切れになってしまったので。
(ここで、文字情報に依拠しようとするところが私らしいと思うんだけど(笑)。)

実は、我が家は防災に関して、とんと無頓着だった。
17年前はそんなことなかったのよ。
結婚して、子どもが生まれ、あの神戸の震災を目の当たりにし(と言っても、テレビで)。
こりゃ、ちゃんとしとかないとヤバイ! と思った。

だから、防災グッズも自分なりに考えながら用意し、昔登山に使ったでかいリュックサックにそれを詰め、缶詰・乾パン等の非常食料、そして飲料等々、ひと揃いを寝室の押入に入れて置いた。
寝室も、もしものことを考えて、家具は一切置かなかったし、掃き出し窓の向こうには靴も揃えて置いていた。
シュラフも家族人数分揃えておいた。
子どもが小さく、家族四人で寝ていた頃の話だ。

だがしかし。それから、何事もなく10数年。
途中引っ越したこともあり、防災グッズは散り散りに。
今の家の、どの押入に入っているのか。
この5年確かめたことがない。
たとえ出てきたとしても、そこに入っている子どもの着替えのサイズはもちろん140とかだろう。

その上、山陰にいたときは「ここで被災しても大丈夫。救助がくるまで乗り切れる!」と言い切ることができるだけの人的ネットワークを持っていた。

それがどうよ?
不満を口にすることはあっても、私はここでネットワークを築くことを怠っていた。

「天災は忘れた頃にやってくる」

まさに、格言通りである。

それはきっと私だけじゃない。(って一緒にされたら怒るかな?)
だって、スーパーに行くと棚空っぽなんだもん。
えっ。ここ、被災地じゃないよね??(って、被災地ならスーパー自体ありませんがな)

何時大きな余震がくるかわからない。停電だってあるだろう。
備蓄がなければ、そりゃ心配になるよね。
うん、その気持ちはよくわかる。ウチだって心配だもん。
でも、備蓄してなかったのは私の落ち度で、そこで買い占めに走ったら、現在必要な人にもモノが回らなくなる。だから、今現在の流通で賄える範囲で日常を送ろう。

私はそう思っていたんだ。

でも、見通しが甘かったみたい。
米が残り少ない。我が家で10㎏の米があれば、通常なら2週間くらいはもつ。そう思っていたんだけどさ。
いつ停電があるか分からない中で、ご飯が少なくなる度にご飯を炊いた。
とりあえず、ご飯があれば停電になっても食べる物があると思ったから。
それに、家族全員お弁当が必要になって、うーん、思った以上に米の減りが早い。
そう思ってスーパーに行ったら、全く米がない。

げっ。しまった。

明日開店と同時に行ったら、新しく売ってるのなかな。
なかったら、実家方面へ買い出しだな。なるべく遠出はしたくないし、ガソリンも使いたくないけれど仕方ないわ。

***

備えをしていない、というのはこういう事だと思う。
今すぐに全ての備えをすることはできないけれど、今度はきちんと備えをしよう。し続けよう。
そう思う。

皆がそれをすれば、何かあったときにスーパーを空にしないで済む。
必要な人の処に、必要なものが届く確率が少しでも高くなる。

私はそう考えることにした。

何か昨日はウダウダと書いたけど、多くの人が、企業が節電をしたから、全てが停電にならずに済んでいるんだよね。みんなの努力の賜だと思う。

私は、人の善意は捨てたモンじゃないと思っているよ、まだ。
日本人、大丈夫だよ、きっと。

不眠不休で頑張っている人だってたくさんいるんだし。
安全を100%確保できない場所でも、たくさんの人が頑張っているんだし。

そうそう、枝野さん、108時間ぶりに眠ったんですって? いつテレビ見ても会見やってるから、一体この人いつ寝てるんだろうと思っていたけど。まさか、夫と同い年だとは思わなかった。(もっと年上だと思ってました^^;)

自分の事は、家族のことくらいは、最低限の義務だと心得て、自分でどうにかできるように備えを整えよう。

それができれば、もしもの時に家族以外の人にも手を差し伸べることができるかもしれない。
そう思った。

*****
★拍手コメントをいただいたT様へ

 ホントにホワイトデーどころじゃありませんね。
 はっ。そういえば、ホワイトデーでBOOKFAIR閉じるんだったっけ。
 延ばすことになりそうです~!(^^;)

 そちらもイロイロ影響があるのでは。
 皆でがんばりましょー!

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

停電の準備は大丈夫でしたか?

2011/03/14 19:39

今日は暖かい一日だった。

昨夜、計画停電の発表があり、どうなることやらと夜遅くまで案じた末に、我が居住区の停電グループを確認できなかった。ので、まあいいや、家にみんながいる時間になるべく暖かく、そしてご飯を食べる為にはどうやって時間をやりくりしたらいいか考えることにした。

皆学校やら仕事やらある日だったので、家族が家にいるのは朝と夜。
その間3時間、電気が止まるかもしれない。

朝06:20から電気が止まっても、多少は暖かく過ごせるように少しばかり早朝から余分に暖房をかけた。
電気によらない暖房器具が、我が家にはないので。

お弁当は4人分。夫が私のお弁当を持っていったのは、十何年ぶりかもしれない(笑)。
家族全員分お弁当をつくるということは、一食分作るということに等しいわけだが、まあ致し方なし。
残っているご飯をおにぎりにして、それは私と夫の分。子ども達と朝ご飯用に新しくご飯を炊いて。とここまでは昨夜のうちに済ませた。お肉もあるし、冷食もあるし、野菜もあるし、うん、OK♪
05:30起きすれば大丈夫だな、と01:30に寝た。

結局、朝の停電はなく、皆早起きしてきたし、高校生は休みになったし、夫は電車が動くのを待っていつもよりゆっくりと家を出た。私と次男はいつもと変わらず。

予定外に高校生が在宅状態になったけれど、まあ、高校生だ。寒けりゃ布団に潜り込むだろう。
ついでに、買い物を頼んだ。(ホワイトデーだ。母さんへのお返しだと思ってくれたまえ・笑)

幸い、我が家の男共はみな頑丈だ。病歴もない。3時間の停電で、苦しむことはないだろう。
そういう安心があるからなのだけれど、停電があっても「仕方ないや」と思っていた。

職場では、昼第3グループの計画停電に備え、昼前にシステムを落とした。勿論、業務の大半はできない。開店状態ではあるけどね。ぎりぎりまで粘ったけれど、「見送り」の判断よりもシステムダウンの方が早かった。復旧までの5時間半、帰宅するわけにもいかず、もたもたとできることをした。開店しながらも、「現在システムがダウンしてまして」と言い訳をする接客はヒヤヒヤしたけれど、開店するだけの理由があるのだから仕方ない。幸い、ごねるお客さんもおらず、何とかしのいだ。
節電のために朝から空調は切ったきりだったので、暖かい一日で助かりました。

「昨日の今日でいきなりの停電は非道いですよね!」とまだ年若い同僚が言っていたけど、正直なところ「仕方ないんじゃない?」と私は思う。
それが、家に病人も幼子も年寄りも抱えていない気楽さから出ている言葉であり、少なくとも自宅でのうのうと過ごせているから言えるのだとは重々承知しているつもりだけれど。
「だって、今非常事態じゃん」
そう思う。

東京電力だって、まさかこんな状況になるとは想定していなかったんだろうさ。
原発の安全性とか、そっちは「仕方ないんじゃね?」とは言えないけど。

被災している人がいて、不眠不休で活動している人たちがいて、自分の命をかけて事故への対処をしている人がいるわけで。
3時間の停電くらい、どうにかなるよ。

企業はね、そうもいかない理由があるんだと思う。家庭の事情とは次元が違うからね。被害の大きさも違うもんね。
でも、ここで一気に大停電なるよりマシじゃない?

東電の判断が遅いのも、ギリギリまで情報を集めて、悩んでるわけでしょ。
平時じゃないんだから、そんな判断を素早くできるのは、きっと真田技師長だけだよ。www

「ウチはそれじゃ困るんですっ!」って人がいても当然だと思うし、事情は人によって違うのだから、誰も文句言うなと言っているわけじゃないんです。
ただ、健康で、家があって、家族が無事なら、多少の不便も甘受してもいいんじゃないのかな。
本当に必要な人が苦情を言うのはありだと思うけど、利便さが失われただけで文句を言わなくてもいいんじゃないのかな。身近にぐるりと見回した時に、何の不自由もなさそうな守られている人が東電に文句を言うのってどうよ?って思っちゃった。

明日は次男の卒業式です。
停電になったら、暗~い体育館で、寒~いまま式を執り行うんでしょう。
でも、きっとそれも思い出になるはず。

迷いに迷った中学生活を過ごした次男が迎える卒業式。
どんなに寒くても出席しましょうぞ。って、普段でも体育館は寒いモノですな(笑)。

あーでも、できれば余震はないといいなー。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

何ができるだろう?【追記あり】

2011/03/13 18:57

刻々と被害が明らかになっていき、その甚大さに思考がついていかず、今現在、彼の地で何が起きているのかなかなか実感できずにいる。
たぶん。
いつになっても、きっと本当にはわからないのだろうと思う。

それでも、何かできることはないものだろうか。
そう思いつつ、ニュースを見ている。

***

電車が止まって帰宅困難者となった長男を、往復5時間かけて迎えに行った。
「迎えにきて~」という呑気さには頭を抱え、怒り心頭に、という私を次男が宥めながらの車中。
迎えに行って驚いた。
揺れがあったとき部活をしていたと言い、揺れの後、当然部活中止の放送があったものの「大丈夫じゃね?」という事になって部活を続けたのだという。顧問もやって来たが、何も言わなかったとのこと。

あの!
と、イロイロと言いたいことはあるし、実際息子にはたんまりと言ったけど、ここでは割愛。
「連絡がつかなくて、どんだけ心配したと思ってるんぢゃーーーーー!」と叱り飛ばした。

驚いたのは街の様子だ。
車でたかが40分、つまり10数㎞の距離。
何事もなかったかのように、街は平時と変わらない。
店は開き、人は買い物をし、外食店もいつものようす。

迎えにいく途中、自宅のある市内は一部停電し、信号が消え暗くなった道路では、警察が出て交通整理をしていた。幹線道路には車が連なり、渋滞していて動かない。途中のコンビニから食べ物(お弁当等)は消えていた。

私たちは学校近くでレストランに入り、夕食を済ませてから帰宅した。

「怖かった」という次男とは共有できた感覚が、長男には全然わからない。
車の中では呑気にゲームをやっているし。

私はいらつき、「何があったかわかってんの!?」と何度叫んだことか。

「あ、明日選抜の練習があるから、○○高校に行くから朝早いよ」って。
電車が動くと思ってんのかーーーーー!!!

初め、長男の脳天気さがさせたことだと思っていたが、それだけじゃないのだと気が付いたのは翌日になってから。彼は「いつもより地面が大きく揺れた」という情報しか持っていなかったのだ。

だから、テレビを見ても、完全に対岸の火事状態。
彼にとって最優先事項は、部活で練習がハードで、その上夕飯はお腹いっぱい食べたし、「俺眠い」だった。

私は、かなり混乱した。
同じ家の中にいながら、これだけの災害が起きているというのに、状況も感情も共有できない。
どういうことだろう。

夫は帰宅難民となり、会社の会議室で一夜を明かし、それでも翌日昼頃には帰宅できた。
「酒かっくらって寝るから大丈夫」なんて言ってたけど、たぶん他にはほとんど口にしていないのだと思う。会社の周りのコンビニは既に売り切れだったようで、それでも会社には50人ほどが泊まったと言っていた。買い出しをしたと言っても、たかが知れていただろう。

*

翌日、私は勤務日。
電話連絡を入れて確認したが、通常業務とのことなので、いつもの時間に出勤した。
仕事内容は、まあいつもの通りとはいかなかったけれど、いつもの時間に終了した。

だがしかし。
何よりびっくりしたのは、お客さんがいたことだ。
私は遅番だったので出勤したときには既に勤務先は開いていた。そして、お客さんがいて、いつものようにいつもの業務が行われていた。

そこにあったのは、日常、だ。

自分が味わった恐怖と、テレビが映し出す被害と、身の回りにある日常と。

自分の立ち位置がわからず、混乱していた。

*

テレビの報道は、ほとんどNHKを見ていた。
地震が起きた時、他局の報道を見ているとこちらがパニックになりそうだったので。
NHKが一番落ち着いていたと見えたし、慣れもあったろう。

画面には、高台に避難した方が映し出されており、その向こうでは津波が街を呑み込んでいた。
声もない画面の中、小さな女の子が「うわあっ」と母親らしき人にしがみついた。

その一声で、私の中で全てが繋がった。
何が起きているのか、自分の恐怖があったことも、実感できた。

「神戸の震災の時、30分離れるといつもと変わらない日常があってね。
それがとても傷付いたんだ。」
会社は被災し、自宅はそれほどでもなかったという友人の言葉がはじめてわかったようなきがした。


「何が出きるだろう」
そう考えられるようになったのは、それからだ。

職場の同僚のケータイには、善意の、けれどチェーンメールと変わらない「お知らせ」がきていた。
私には災害時に何ができるか、人に伝えられるだけの情報は手許に何もない。

実は、こうして個人的な事をblogに書いていることも、節電等の諸々を考えると良くないのかも知れない。

でも、原発の件、鳥インフルの件、これからもまだ事態は続く。
今はまだ、私にできることはほとんどないが、落ち着いて、きちんと生活しよう。

たぶん、これからいろんな事が起こってくる。
その時に踊らされないよう、自分の頭で考えられるように。
今は、節電を心懸けるくらいしかできないけれど。

被災地の方々の、一刻も早い救助と救援をお祈りしております。

【追記】

内田樹氏のblog「内田樹の研究室」より
 未曾有の災害のときに

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無事です。

2011/03/11 23:21

家も家族も無事です。

帰宅難民のゴジラを迎えに行き、先ほど帰宅。
普段なら片道40分のところが往復5時間かかりました。
でも無事が何より。

被災地の方々にお見舞い申し上げます。

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平凡で凡庸で中庸な人生

2011/03/11 11:40

花粉症の日々です。目と鼻がいけません。クスリを飲んでも、花粉をカブってしまえば一緒です。
今年は花粉の飛散が遅いと思ってましたが、やっぱり来るモノは来るんですね。(溜め息)これも季節の循環ですから致し方無しとは申せ、はぁ、つらいです。
国民の約半数の方に同意していただけるのではないかと思いまする…。ふう。

この所、あちこちに連絡を取る必要があり、懐かしい人たちの声を聞いています。
相変わらずだよなぁと笑ったり、ホッとしたり、かと思えば、うげっどこもやっぱ大変だよね~と思ったり。
まさに人生イロイロと言った処です。

それにしても、技師長はよくぐれなかったよね~とかご尊顔を拝し奉りながらしみじみと思ってしまったわけです。あそこまで突き抜けた才能を持っていると、ぐれるということすらできなくなってしまうんだろうか。
人生の振れ幅がでかい人ですねぇ。

技師長と比べても仕方ないんですけどね、私ってしみじみと「平凡」で「凡庸」で「中庸」だよね、と思うんです。あ、技師長に比べて遜色のない人生の方が少ないとか言わないでね。

若い頃ね、ずっと憧れていたのは「波瀾万丈の人生」だったわけです。
「エースをねらえ!」の第2部にね、桂コーチが宗方コーチの死から立ち直れないひろみを預かりたいと、岡の両親を説得するシーンでね。
「ぬるま湯に浸かったような人生を歩む人間は多い。けれど、それは大きな哀しみもない代わりに、大きな喜びもない。岡ひろみは宗方を失って慟哭の中にいる。けれど、それを乗り越えればきっと大きな何かが得られるはず!」みたいなことを言うんですよね。

この時思っちゃったんですよ、子どもの私は。
「そっかー。平凡な人生って「ダメ」なんだー」って。

司馬遼太郎の物語を読みながら、そういう「波瀾万丈」な人生に憧れたんです。主人公の恋人とかいう役回りではなく、主人公そのものになって人生という荒波を越えていくんだ! 
なんて、かなりムボーな事に憧れていたんですよね。うう。青いよねー。^^;

なら、そうやって生きれば良かったんですけどね、私には「したいこと」がなかったんですよ。

こうして周りを見渡すとですね、望んだ道で直接成功したかどうかは関係なく、皆さん、したいことをきちんと持っていらっしゃる。
すげー、と思うんです。
だって、私は何かを「したい」と強烈に思ったことが今までなかったんですもん。

就きたい職業ってのは確かにあったけれど、就職時に向けて、そのために死ぬほど努力したわけじゃなかった。
大学へ入学したときからその道は決まっていて、その通りに歩んだだけ。それも結婚し、妊娠したことで辞めてしまったし。
もひとつあったやってみたい職業は、進学した大学にその課程がなかったのでその時点で諦めちゃった。

今はこうしてずらずらとblog書いたり、拙いながらも二次創作なんてしているけれど、この年までお話を書こうなんて思ったことはなかった。それこそ、チラ裏にさえ書いたことアリマセンでした。
「まんが」はノートに書いたことがある(笑)。思い出したくもない、こっぱずかしいモノだけどね。
でも、自分に「絵」の才能があると思ったことは一度もないので、そっちに進むことも考えたことがなかったなぁ。

所謂平均的な年齢で結婚し、平均的な出産(人数、年齢ともに)をした。
たぶん、平均的な転勤族の有り様で、育児ノイローゼにもなりかかったし、引っ越しもしたし、地域との繋がりもあった。幾分、学校への関わり(PTA活動ね)は強かったと思うけれど、それもまた平均値内でしょうね。
子ども達は、特別優秀でもなく、かといってもの凄く凶悪でもなく、平均値な振れ幅の中で育った。

夫との関係も、たぶん、平均値でしょう。喧嘩もそれなりにするし、お喋りもそれなりにする。一緒に出かけもするし、かといって趣味や考え方がすごく同じでもない。ふたりともに、適度にオタクで、適度に社交的。(笑)

たぶん「善良な一市民」のある典型なんじゃないかと思う。

桂コーチに言わせると、「ダメ」じゃん(笑)
なんて、桂コーチがそういう事を言いたいわけじゃないとは思うけどね、でも、すり込みってのはオソロシイものなんですってばw。

何かが凄く好きで。或いはとてもやりたいことがあって、それに向かって死ぬほど努力したことが、これがないんですよね。

やっぱり「ダメ」ぢゃん?



ずっと、そんなことを考えていて、ドツボのループに填っちゃって。
人生の深みなんて、私、持ってないし。
私の存在意義って何だろーなー。なんて、思春期にとっくに脱したはずの問いにとっつかまってしまい。

うーん、ドツボ。


でもね。
そんな「平均的な」「ぬるま湯」人生でも、辛いことや悲しいことはあるんだよーーー。
って、当たり前なんですど(笑)。
ついでに、そんな人生にも、喜びや楽しみはあるんだよーーーー。
って、当たり前なことに気が付いた。


以前、中村獅童さんに向けてお母さんが書いた手紙の中に、「平凡な幸せを掴んで欲しい。それが一番の喜び」というような事があったのね。
でもね、それって「無い物ねだり」なんじゃないかと思っちゃった。
非凡な人生を歩んでいるから、平凡な幸せが貴く見えるだけじゃない? 実際に平凡な人生を歩んでもそれが言えるの? って思った。

でもね、母もそういうんだよね。
「平凡が一番」
母はあの世代の人だから、空襲も知っているし(一時期東京にいたから)、食べ物がない辛さも知っている。その上、私の祖父は早くに他界してしまったから、祖母が女手ひとつで6人の子ども達を育てあげたんだよね。
当然、今の私から見れば充分に「平凡」じゃねーよっ、って思うけど、でもたぶん母の世代では特別珍しいことではなかったのだと思う。
でも、母は「平和が一番」とは言わなかった。「平凡が一番。普通が一番」そう繰り返し言っていた。

「普通」ってなんでしょうね。

私はそこから逃げ出したいと思い、けれど、根底を支える価値観はそこにあるわけで。
結局の処、「普通」でも「ダメ」じゃないんだよ、って思えるようになるまでとっても時間がかかったわけです。
で。この年になって、ようやっとやってみたいことができたわけでして。

「平凡」で「凡庸」で「中庸」だけど、だからできることもきっとあるはず。

ふっふっふ。つまりは私が「常識」なのだっ!(笑)
って、それと「常識」は違うから!

いろんな人とお喋りしながら、そんなことに辿り着いた今日この頃でございます。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

悲恋が好きかも

2011/03/10 11:16

今まで恋愛小説というジャンルにほとんど手を出したことがない。

恋愛が嫌いなわけではない。
実際の処、私は惚れっぽい方だと思うし、擬似恋愛は得意だ(笑)。
奥手だったわけでもないし、「幼なじみ→恋人」「お兄ちゃん→恋人」なんてパターンは王道の憧れだったさ。

でも、激甘の恋愛小説や恋愛が主流の物語は苦手。ついでにどろどろ系は、全くダメ。
歴史ものやファンタジーに限らず、恋愛はスパイス的な要素に留まる方が面白いと思う。

とはいえ、「ラブコメの女王」と呼ばれる有川浩さんの物語は、キライじゃない。
言わずと知れた『図書館戦争』の著者さんですね。
『阪急電車』とか『植物図鑑』とか『レインツリーの国』とか『ラブコメ今昔』とか、40を過ぎたいいオバハンが「胸きゅん」しつつ楽しく読んだんですけどね。
でも自衛隊三部作みたいな、スパイス恋愛の方が私は好みなわけです。

で。好きな物語を思い返してみると、実は私は悲恋が好きなのか? とか思ったりしたわけです。

代表的なのが「風と共に去りぬ」
午前十時の映画祭」ぜってー見に行く! と思ったのは「風と共に去りぬ」がやってたから。映画館で見たことないんです。
高校生の時にテレビで見て(2週連続だった)、大感激。以来、一番好きな映画かも。南北戦争なんて時代背景は全然知らなくても(世界史苦手)、この「タラへ!」というスカーレットの意志にものすご心うたれたし、レッド・バトラーの男の色気にはくらくらした。でもっ。全然理解できなかったのが、スカーレットのアシュレイへの恋心。??????。だって、私にはアシュレイは優柔不断なダメ男の典型にしか見えず、そこに執着してレッドとの関係を崩していくスカーレットの気持ちは、一欠片も理解できなかった。あの頃は若かったのよね、と言いたいところですが、実は今でもよーわからんのです(笑)。

それから『喰人鬼の噴水』。
著者は立原えりかさん。これは中学の時に読んで、一番好きだった物語でした。
あの頃、ファンタジーなんて知らなかったので「童話」という区分だったように記憶しています。
これを今更読みたいという方はそうそういらっしゃらないと思いますので、以下ネタバレ含みます。

貧しいひとりぼっち(たぶん天涯孤独)の女の子が、ある日、醜い獣と出逢います。当然、それは呪いを駆けられた若者で、数百年の時をそうして生きている。だた一夜。満月の夜だけ、人間の若者に戻ることができるわけです。女の子は若者と恋をし、ふたりはこの呪いを解くために冒険をし、呪いを解く金の実を見つけたものの、雪崩に巻き込まれ別れ別れに。その後、女の子は現実の世界で家庭を持ち幸せに暮らします。年老いたある日、彼女はひとりで旅立ちます。遠い昔に、若者と再会を約束した場所へと。そこには、約束のフルートを持った若者が立っていて、2人は互いに目を交わしながらも、言葉を交わさずにすれ違っていく。

そういう物語で、内容はこう言っちゃなんですが、よくあるパターンなわけです。
でも、私がこれに特別ひっかかったのは、最後に別れてしまったからだと思うんです。
ハッピーエンドで終わったら、きっと忘れてしまったと思う。でも、そうじゃなかった。
中学生の私は「私なら、絶対あきらめない。他の男となんて結婚しない!」と思った。そうすれば、きっと自分はいつまでもファンタジーの世界の住人で在り続けられると思っていたんでしょう。けれど、作者はそうしなかった。夢は覚めるのですね。「ナルニア国ものがたり」もそうじゃないですか。4人の兄弟姉妹は、現実へ戻ってくるわけです。最近のファンタジー、或いはラノベの傾向はよく知りませんが、あの頃のファンタジーにはそういう「現実」があったのだと思います。夢の国で暮らし続けることはできない。異世界で何かを掴んだ少年少女は、必ず現実へと戻り、生きていくわけです。

児童文学での「補助者」が必ずいなくなり、主人公はひとりで歩き出さねばならないのと同じよう(例えば、「ひかるの碁」で補助者であった佐為はいなくなってしまうでしょう?)に、ファンタジーの世界にもそういう「暗黙のルール」があったのではないかと思います。

話がちょいとずれましたが、異世界の住人との恋は「悲恋」の典型ですわな。

異世界ではなくてもね、ハーロックもそうじゃないですか。「わが青春のアルカディア」のハーロックとマーヤ。トチローとエメラルダス。
これは、互いの気持ちが離れていなくても、添い遂げられない「悲恋」の典型ですよね。

というわけで、並べてみると「悲恋」が好きなのかも、と思ったりするわけです。

ヤマトではどーでしょー。
悲恋と言えば思い浮かぶのは、スターシャ&守にーちゃん、テレサ&島くん、ルダ&揚羽くん、かな。

スターシャ&守にーちゃん、はナンか分かる気がする。
スターシャという存在は、この一時があるために純粋な女神的存在ではなくなるわけで、私はスターシャを「慈愛の女神」と呼ぶことにとても抵抗がある。彼女が地球に手を差し伸べたのは「最後の女王の慈愛」だったのではなくて、「自分が生まれた意味を残したかった」的なもっと人間くさいものじゃないかと思っている。某さまの「生物学的な意志。民族をあげての改良の結果、子孫を残すためにいい男を見たら即GETというDNAの存在」という説はとっても面白いと思うけれど、私はこの女神はとても人間くさいのだと解釈している。墓守としての自分の存在意義と、ならばどうして自分が生まれてきたのか、死者の番人以外の存在意義は自分にないのか、という葛藤との結果が、「コスモクリーナーを取りに来なさい」と「自爆」なんじゃないかと思うわけです。(コスモクリーナーの設計図を送らず、取りに来させた理由というのは、77maru77さんの説(「響鬼を語ろう」2011.01.19付記事)に一票。この考察は見事だと私は思う。)
スターシアが「イスカンダル最後の女王」である限り、この恋は悲恋でしかなく、守にーちゃんもそこには疑問を持たなかったと思うんだよね。つまり、僕とイスカンダルとどっちが大事なの? なんて事は思わなかったと思う。スターシアにとってイスカンダルは自分の存在意義の全てであって、それと比べられるものは存在しなかったと思うから。ある意味、民族の妄執に取り憑かれていたと言っても過言ではないのでは?
逆に守にーちゃんは、「俺が守ってやる」ものが必要な人だったんじゃないかと思う。元々はそういう人じゃなかったと思うけど、両親を失って弟と残された時に、どこかバランスが崩れたのかも。勝つ見込みのないガミラス戦が追い打ちをかけてるでしょうし。
だから、この2人はなるべくしてなった悲恋の物語だと思うわけです。


テレサ&島くんは、うーん、よくわかんない。
「さらば」のテレサではなくて、「2」の方のテレサなんですけどね、女神さまというより「超能力を持った異星人」という位置付けだと思うんです。辿り着きさえすれば確実に助けてくれるイスカンダルの女神との対比として、発する情報は「危険ですよ」だけ。その一瞬に、まだ見ぬ相手に恋をする2人。「恋ってそういうものだよね」としか私にはわからんです。
で、なるほどねー、おおそういうことか! と思わせてくれるサイトさまはございますから、ええ、航海班は航海班の解釈にお任せいたしましょうぞ。ダッシュ!≡≡≡ヘ(*--)ノ


ということで、ルダ&揚羽くん。
こーれーはー。もっとわからん。全然、わからん。中学生の恋みたいだ。
で、納得したいので、TakeMeHigherさまの続きを、心からこいねがっている次第です。


と、気が付けば大分長くなった割に何を書いているのかよーわからんのですが(笑)、私の好きな物語には悲恋が多いよねーと言うだけの話。
つまり、自分の気持ちの中でどちらが重いか軽いかという問題とは別にして、そこで涙を呑みつつ(見せながらじゃないところがミソ!)、恋じゃない選択肢を選ばざるを得ないという物語に、私はすごーく心うたれるってことです。うーん、根性わりーな、我ながら!

でもね、もの凄くキャラ萌えなんだよね。
ある物語のあるキャラに、もの凄く入れ込んだ読み方をするわけです。そういう意味では『SBヤマト』ではそういうキャラがいなかったんだな。斉藤は良かったけどね。

というわけで、無駄に長くてごめんなさい。(_ _;)
課題がこなせなくて現実逃避していたら、長くなっちゃったんですよねー。

ああ、今日も花粉がいっぱい飛んでますね!ダダダダッ☆≡≡≡≡ヘ(〃 ̄ ̄ω ̄ ̄)ノ



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よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

キーワード

2011/03/08 14:12

何かが強く意識に引っかかっていると、無意識にそれに関連する言葉を拾ってしまう。

全てを一望しているはずの人間の目は、無意識に取捨選択し、見たいものを見、見たくないものは見ない。
聴覚も同じ。存在する音に違いはないはずなのに、人間の耳は聞きたい音を聞き、聞きたくない音は聞かない。

もちろん、その取捨選択は無意識だったり意識的だったりするわけで、全てが自分の思い通りになるわけではない。

意識も同じだと思う。
強く気にかかっていることが存在すれば、それに類する言葉を、人は無意識のうちに拾う。(これ、無意識っていうのかな?笑)
ウチの家の鍵に「KODAI」と書かれていることに気付いたのは、住み始めて2年以上たってからだったが、これが「SANADA」と書いてあったのならば、引っ越してきた当日に気付いたであろう自信はある(笑)。

Jayさんの麗しい「真田先輩」に浮かれていたら、ホントに先輩から連絡があった。「真田」先輩じゃなかったのは大変残念だが、それは永久に叶わぬ夢なので致し方ない。

学生時代の先輩が都内に出張でいらしているので、近隣に住んでいらっしゃる先輩が「飲もうぜ」とお声をかけてくださったのだ。

うふふふふふふ。嬉しい。

ここ数年で1,2回はお会いしているのだが、一緒に呑むのは初めてだ。(超久しぶりだ、というべき?)
大学時代のサークルの先輩なのが、そこは、とにかくやたらと飲み会の多いサークルだった。
ビール3口で酔っぱらいの私は、入学当初こそ呑めるようになりたいと努力もしたが、学年が上がる毎に「ホントは飲んでいないくせに飲んでいるようにみせる」という技を覚えた(笑)。乾杯だけして、みんなの気がそれている間に酒の強い同級生に飲んでもらい(勿論、こういう事のできる同級生か先輩の近くにうまーく陣取ることが大事だ)、その後は日本酒を入れて置いておく、とかねw。不思議と日本酒飲んでると量を飲むことを要求されないし、ちびちびと舐めるだけでも、「おお、あの先輩強いんだ」と勝手に誤解してくれる後輩が多かったもので。

社会人になってからは「アッシー君(懐かしい単語だなw)なので」とにっこりすれば、それで済んだ。何しろ田舎で車は必需品だったし、公務員に飲酒運転御法度は当たり前だったのだ。

学生時代の酔っぱらい逸話には事欠かないほど、いくらあの時代だったとはいえ、うん、すごい飲み方をしていたよな、とは思うものの。20年も前の出来事は、懐かしいセピア色の思い出でもある。

20年が過ぎ、先輩方は変わったろうか。
ふっふっふ。憧れの先輩たちだったのだよ。
変わっていてもいなくても、きっと先輩は先輩のままであろう。

私は、あの頃の私と同じだろうか、変わったろうか。
楽しみな夜である。

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『江』no.09感想

2011/03/07 01:05

『江』no.09 義父の涙 2011.03.06放送

さすがにびっくりしました。NHK大河ドラマが、ここまでホームドラマになるとは思っていなかったもので。時代背景(価値観)も、家臣への責任も、政治も、戦いも、全てが描かれずに「義父上のうそつきっ」に集約されている。うん、すげーです。いっそ潔いですね、ここまでくると。

でもこれはNHKの大河ドラマ。
それは、「柴田勝家っちゅーのは何とも純朴なヒトだったんだねぇ」という夫の言葉に象徴されていると思いますが。
そうなんですよ、NHKの大河ドラマだったらきっと史実なんだろう、って無意識に思っているんですよ、私らの世代はね。
でもまあ、それでもいいか、と思います。

なぜなら、柴田勝家に「平穏で心安らかな暮らしを知ってしまったから、ワシが戦いに行きたくなかったのかもしれない」と言わせたのは、ふうん、と思ったから。それが戦いを引き延ばした要因の最優先事項だったとは考えにくいけれど、たとえ戦国の世であっても、そういう思いというのは共通じゃないかと思いますから。

戦いを見据えて、月を見つめたり、雪の中に裸足で佇む無言の武将・勝家と、安寧を求める人間・勝家が、ひとつの人間の中に同居し、それはまた、どちらも真実である、という多面性をちょっと意外な方法で見せてくれたと思えるわけです。
普通なら、武将柴田勝家がほろりと見せた人間味、みたいに描くんだろうけれど、こういう描き方も面白いなと。

さて、ストーリーに行きましょうか。
今回、真っ先に気になったのは、浅井三姉妹の着物です。
へんな処が気になってすみません。しかも、着物について私に知識は全くありませんので、細かい指摘は全然できませんが。
今まで柄物を着ていたのに、今回は無地だったんですよね。江は髪型も変わってましたし。
色無地だったのは、冬を表していたんですかね? 最後は柄の付いた着物着てましたから。北庄の冬のようで、渋かったです。

それにしても、勝家の特技が刺繍だったとは驚きです。これ史実かどうか私は知りません。ちょいと調べてみましたが、分からなかったです。ご存知の方がいらしたら教えてください。

大地さん、スイスイと刺していらっしゃいましたが、撮影一か月前から練習をされたんだそうです。
 「刺繍が紡いだ家族の絆」(『江』hpより)

そんな家族団らんの真っ最中に「殿っ!」と緊急を告げる家臣の声が。
秀吉は前回の企み通り、信長の葬儀を勝家抜きで執り行った、という報告が為されるわけです。
市がすかさず叫びます。「なんと過ぎたる真似を! 信長の跡継ぎは自分だと公言したも同罪!」
もちろん、勝家は怒ります。ですが、三姉妹が口を揃えて「戦はいやでございます!!」と反対したため、「いやいや、戦はせぬ。文を書くのだ」と取り繕います。

あれれ、怒って戦い挑んでくるかと思いきや、文を認めるだけなんて。まあいいさ。次の手がある。
とばかりに、秀吉は長浜城を奪ったようです。
もともと、秀吉の城だったものを、一度勝家に差し出しておきながら、再び取り返す、と。

くそ意地悪。と、千宗易(石坂浩二)にからかわれてます。
「さるかに合戦」とは、宗易上手いたとえを思いついたものです。と言いたい処ですが、勝家を「越前蟹」と呼ぶのはあまりにも、それ狙いですよね。いただけませんな。

ですが、相も変わらず勝家は腰を上げません。
だって、三姉妹から「戦はしないって言いましたよね!!」って睨まれてますから。
家臣たちに迫られたって、カワイイ娘たちの方が大事とばかりに、家臣の意見をはねつけてます。

それならば、と秀吉は追い打ちをかけてきました。
織田信孝を追い詰めて、早々に挙兵させ、勝家が雪に閉じこめられている間に敵をひとり潰すわけです。
軍事的には天才ですな。
しかも三法師(信長嫡孫)を安土城に移してます。
「三法師君は、秀吉への防衛戦として、信孝には掌中の玉のはず。それを奪われたとあっては…!」と市が解説。

そうなんですよ。このドラマの中で、お市は江の母親であると同時に語り手でもあるんですね。
ある視点から離れはしませんが、あの人のとったあの行動はこれこれこういう意味があるんですよ、ということを、政治を描くことではなくて、市に語らせることで描いているんですね。だから、市は一見聡明に見えるんですが、本音を語って母親の姿になると、えらい物わかりが悪いんですね。そのギャップがあるために、市の像がぼやけるというか、ブレて見えると私は思うんですが、どうなんでしょうね?

ワンシーンしか出てこないのに、印象に残るのは徳川家康(北大路欣也)です。
家臣がどっちに付くのかと何度聞いても、答えはひとつ。「もう少し様子をみよう」です(笑)。タヌキじじいそのまんま、って感じで私はとても好きです♪

さて、勝家に戻りましょう。
娘に反対されて挙兵すると言えない勝家ですが、月を睨んだり、雪の降りしきる庭にひとり佇んだりしています。さすがにここでは何も語りません。いい男ですな。大地さん、上手いと思います。

で、その姿に心打たれた市は、勝家を戦場へと送りだそうと決心し、娘たちを諭します。
「男とは、戦いたいものなのだ」と。女とは価値観が違う。ただ、生き長らえるよりも、誇りをかけ、雄々しく戦い、たとえ破れたりといえども戦って死にたい、そういう生き物なのだと。これ以上止めるのは、死ねと言うよりむごいことなのかもしれない。それは勝家だけでなく、兄・信長も、夫・長政も、兄を討った光秀も、みなそうだったではないか、と。

いきなり物わかり良くなってしまったのは、茶々です。初も同じですが。
「これまでご無理をさせて申し訳ありませんでした。ご出陣遊ばしたあかつきには、天下一のお働きを!」
「そうか! 必ず勝つぞ!」と意気揚々と叫ぶ勝家に、「父上のうそつきっ」と江だけが怒っちゃいました。

そういういきさつがあっての、3月。
「実はワシが(戦いに)行きたくなかったのかもしれない」という勝家の台詞になるわけです。
この夫婦のシーンは、この物語のこの夫婦らしくて、良かったですね。
ただ、「私はあなた様を好いております」って、直接表現しなくてもやりようがあったんじゃないのかなーとは思うけど、というか、ここを直接表現に持ち込まない方が私の好みなだけですけど。
勝家が無口なのは、すげー説得力があっていいです♪ こういうの好き。
お市は喋りすぎなんですよね。しかも直裁だし。

最後、出陣する勝家にむかって「父上ーーー! ご無事のお帰りお待ち申し上げております!」と江が叫ぶのは、ベタだけど、じーんとした。こーゆー親子モノには、私ゃ弱いんですよ。(苦笑)

とうことで、ね? ホームドラマでやんしょ? 
頭領としての責任はどうした!? 武将としての意地を張らんで、どーんすんだよ!? とか考えない方が楽しめます。

次週、「わかれ」。乞うご期待!

no.08「初めての父」≪『江』感想 ≫no.10「わかれ」

テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

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蒼天

2011/03/06 18:18

昨日・今日ととても好いお天気でした。

「蒼天」という言葉がぴったりの空。

真っ青な空の下、空気はいまだ冷たく。でもそれが心地よくて。
「寒いよね~^^;」と言いつつ、大変に気持ちよかったです。

昨日は海のそばまで行ったので余計にそう感じたのかも知れません。
週末労働者が珍しくお休みで、久しぶりに遊びに行ってきました。
いやー、良く喋ったぞ。うん、良く喋った(笑)

でもね。
一緒に行ったお友だちがお茶を買う予定だったのに、お茶したら買って帰るの忘れちゃって、ホントゴメンナサイでした(_ _;)

で、今日は夜遊びにも負けず、お仕事でしたが。疲れたーーー!
遊んできて言っちゃいかんよな、とは思いますが、寄る年波には勝てません。
明日もまたお仕事だけど、まあ、遅番だからいいか。朝少しはゆっくりできるもんね。
あ、でもそろそろお弁当がいるんだろうか。

ここ数日、怪獣2人のお弁当が無くて済んでいたので楽ちんだったのですが、そろそろお弁当がいるかも。仕方ない、作ってやるか!(笑)

**
近くに梅林があります。
白い梅の花が咲いていて、とても綺麗です。
香りもするかもしれませんが、花粉症の私にはよくわかりません。

ええ、そうなんですよ。
これだけ好いお天気だと、花粉が良く飛んでましてね。
歩いて帰宅した私の目は、寝不足も手伝ってしょぼしょぼです。(><)
ああ、目玉を取り出して、ザブザブと洗いたいぞ。

そういえば、帰路で沈丁花を見かけました。
良い香りでしたよ(←こっちはわかった)。
私は沈丁花が大好きです。

実家では、娘が生まれる度に木を植えたそうです。
私が生まれた時に植えたのが沈丁花で、子どもの頃はもっと華やかなお花だったら良かったのにと思ったものでしたが、今ではこの花が大好きです。春を告げるように、まだ冷たい空気の中に香り漂う花。

ああ、花粉症の季節ですね~(泣)

さて、今日も『江』を見るぞ!
この番組、いつ「化ける」か!? とそればかりを期待して見ています。
ってのも何かヘンですけどね(笑)。


単なる日記にもなっていなくてごめんなさいです。
読みに来てくれた方々、ごめんさい。

それでは、また~(^^)/

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

努力と結果と報われたかという関係

2011/03/04 15:18

「入試投稿容疑 19歳逮捕」
今日の朝刊の一面TOPにそうあった。

「ほら、捕まったでしょ?」
子どもたちとそう話した。

ズルをして合格しようとするのはズルイ、という話ではなかった。

インターネットって匿名社会だけど、何をやっても何を言ってもばれないと思ったら大間違いだよ?
個人で相手を特定するのはたぶん不可能だと思うけれど(但し、相手のIPアドレス等を知っていれば特定できるだろうけれど、何かをやろうと思ったらそんなものが特定されるような莫迦な真似はしないだろうからできないだろうと考える)、こうして犯罪と認定され、間に警察という国家権力が入れば個人を特定することは可能なんだから。
社会を甘く見るんじゃないよ。

という話だったのよね、我が家では。

試験問題のカンニング、という事件そのものは言っちゃなんだが、珍しいことではないと思う。
モラルの低下は嘆かわしいと思わなくもないけど、それを根絶することはできないだろうし、「その試験に受かりさえすれば全てがバラ色」という背景がある以上、これからもなくなることはないと思う。

本当はね、「その試験にさえ受かっちゃえばバラ色」なんてことは幻想でしかないわけで。
「試験に通る」という事は、入試に限らずともその資格を持つに値する知識・技能を持っている、という証明の一種でしかないわけで、まやかしの証明ではいつかその化けの皮は剥がれる時がくる。分以上の見栄を張り続けるのは、もの凄く大変で、それだけでも「ズル」をした代償は大きいし、それが剥がれた時の代償はもっと大きいと思う。

もっとも、この事件が起きたとき、私が一番最初に気になったのは「どうやったんだろう?」だったのだから、そんなモラルの低い人間になんやかんやと言われるのは、心外だろうとは思うけど。

個人を責めてもあまり意味がないんじゃないかと思うわけだ。
彼なのか彼女なのか知らないけど、逮捕された以上、既に報いは受けている。これ以上の「みせしめ」は必要ないと私は思う。
ニュースでは名前は出ていないけれど、同級生にインタビューしているってことは、周囲の人間には人物特定されているってことでしょう。もう「なかったこと」にはならないわけで、本人も家族もそれを背負って生きて行かなきゃならない。それは当たり前なんだけど、それで充分じゃないのかとも思う。

それよりも、「入試に通ればバラ色」という事を、或いは「良い大学に入ることが何よりも大事」みたいな風潮をこの社会は是としていて、多少ズルしてでもそれを取得することで得る利益は大きいんだよなぁ、と大勢の人間が実は思っているってことを各人が考えた方がいいんじゃないだろうか。
口ではナンとでもいえるけど、私自身も含めて(というよりも、私自身が)実際にはそう考えているって部分がないわけではないわけよ。(くどい・笑)
うーん、つまりね。
上を目指すのは良いことだし、君はその為に努力もしてきたと思う。カンニングをしようとした子が、他の受験生よりも努力をしていないなんてことはないんじゃないのかな。甘いかな? でもって、カンニングをしてまで合格したいと思う気持ちはわからなくはないけど、そうして得た結果には「呪い」がかかってしまってそれを解くことは、たぶんできないんだよ。
それは大学が不合格になることよりも、もっともっと大きな取り返しの付かない損失なんだ、と私は思う。

努力をすれば報われる、なんて幻想だと私は思う。努力をした分報われたと思えるのは、才能と運に恵まれた人間の普通では為し得ない超努力の結果とかでね。
普通の人間は、努力をしても報われないことはたくさんあるよ。
もっとも、それは何をして「報われた」と感じるか、ってことに関係があるわけで。

実は、「勉強」ってのは「努力をすればしただけ報われる」ものだと思う。勉強して知識が減ることはないからね。勉強すればしただけ、同じテストを受ければ点数は上がるよ。でも「勉強した」からといって「合格する」わけじゃないよね。因果関係が違うからさ、この場合。

自分でやったことないからあまり大きな声じゃ言えないけど、「死ぬほど努力」したって「合格」できないことだってあるよ。
でも、それは「努力しても報われない」ってことと同義じゃないよね? 「合格」できなくても「報われる」ことはあるんじゃないかな。

ウチの息子はさ、おバカだからちっとも勉強なんかしてなくて、ラグビー一色の高校生活だったりするし、ラグビー初めてから体中傷だらけでね、夏なんて化膿して臭いくらい。傷が治るのは、試験前の部活停止期間だけ(笑)朝もはよから朝練して、土曜も日曜も練習で、長期休みも1,2日しかオフの日がないわけよ。でも、勝ち続けることはできないんだよねー(苦笑)。
仕方がないじゃん?
そこで何かしら策を弄して、ズルして勝っても、その勝利は「呪われている」わけでね、心から喜べないでしょう。

「努力」と「結果」と「報われたかどうか」ってことは、自分自身でケリをつけることだと思うんだよね。

大人はね、その「ズル」を見逃したり、是としたりしちゃいけないと思う。ただすべき処はたださないとね。
でも、みんなでそれを「みせしめ」にする必要はないんじゃない。
「ズル」をしたことで得た「傷」は、己れの自尊心を大きく損なうわけで、それ以上に得られる「利益」なんてないんだってことを、若者にきちんと伝えればいいんじゃないかと思う。

それにしても、自分の経験を考えると、「入試」会場でちまちまとケータイを打つなんてできっこないだろうから、何かしら技術があったんだろうねー。技術ってすごいねー。<違くない?

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

工場萌え♪

2011/03/03 09:22

今朝のニュースで初めてこの単語を知りました。

「工場萌え」

気分的には、「工場萌え」(はぁと)って感じです。
もちろん、工場長は技師長です。って、意味不明な文章ですな(笑)
素直に、工場長は真田志郎だよね、って書けばいいだけのことなんですけどね。わはは。

wikipedeiaによると
「工場萌え(こうじょうもえ)とは工場の景観を愛好する行為。」
だそうです。
「国内において、コンビナートや工場の、夜間照明や煙突・配管・タンク群の、重厚な「構造美」を愛でる、工場観賞(工場鑑賞)を趣味とする人々が増えており、従来決してきれいとは言えない外観であるとされてきた工場に美を見出す動きがインターネット等を通じて拡大した。
 工場の内部において製造工程などを見学もしくは体験する工場見学や産業観光とは主眼が異なる。」
ともあります。


『工場萌え』という本が出ているんですね。

工場萌え工場萌え
(2007/03)
大山 顕

商品詳細を見る


関東平野の端っこで育ったポトスは、工場とは縁がありませんでした。
社会の教科書に載っていた「工業地帯」のイメージがあり、林立する煙突ともくもくとした煙が思い浮かびます。

私が日常的に知っている風景は、だだっ広い平野、どこまでも広がる田んぼと畑、そして民家と裏にある林です。
山も海も川も、街も知らずに過ごしました。まさに、ど田舎と呼んで差し支えありません。

ですから、工場はテレビの中にある、教科書の中にある風景でした。

夫は瀬戸内の出身なので、彼の実家に行ったときに初めて「瀬戸内コンビナート」というものを目にしました。
うわーー、教科書通りなんだーーー! というのが第一印象。
「すごいっ。どうやって動いているんだろ? 何を作っているんだろ? 中を見たい!」というのが、次に思ったこと。
残念ながら、いまだに入った事はありませんけど。

 ***
今年、2月23日に「全国工場夜景サミット」が開催されたそうです。

 「全国工場夜景サミット」を川崎市で開催」(インバウンドニュース 2010/03/01付け)

川崎市・四日市市・室蘭市・北九州市の4市が集まり、工場夜景を新たな観光資源にといろいろな企画が組まれているようです。
 
川崎市では、バスツアーや工場夜景クルージングが既に行われていて、大変な人気なんだそうです。
また、川崎と室蘭の両方を見学できる、一泊二日のツアーもあるようですが、そういうツアーを見つけられなかったのでニュースからのお知らせ。

「JTB首都圏が企画する室蘭と川崎を巡るプランは、1泊2日で首都圏から室蘭の夜景や小樽、札幌を観光し川崎に向かう。今春に2回実施予定で価格は4万円弱という。」(室蘭民報 2011/02/25付け

***

私は夜景にはあまり興味がないんですが、工場見学はしてみたいですね。

そういう世代だったことと、実家近辺で関連する事件があったことで、私にとって、工場やコンビナートというのは「公害」という単語がセットで思い浮かぶものであります。
ですが、何度も「工場地帯」を目にしたことでその印象はだんだん変わってきました。
そこには汗にまみれて働く人がいて、そこで生産される物たちが日本を、私たちの生活を支えているのだ、と感じるようになったのです。
今は、あの煙突やコンビナートから、たくさんの人に支えられてきた歴史とパワーを感じます。
幾千の幾万の物語が、人知れずそこに刻まれている場所。

何事も、知識として持っているだけでなく、実際にそれに触れることで別な側面が見えてくるものだと思います。

工場見学、機会があれば、是非行って見たいものですね。

もちろん、案内役は技師長にお願いしたい(はぁと)
あ、でも、だめだわ。

だって、そうなったら私の目に入るのは「技師長」だけなのは間違いないもん♪



よもやま  | コメント : 2  | トラックバック : 0 |

桃の節句

2011/03/01 08:20

3月になりました。
我が家には可愛い女の子はいないので(妖怪オババがひとりだけ)、お雛様がありません。

数年前、義母のお友だちの作ったというお雛様を、お姉さんとお揃いでもらいました。
はっ。飾らなきゃいけないぢゃん! しまった。何処へ仕舞ったっけかな?

昨日、お雛様のかわりに桃の花を買ってきて、玄関に飾りました。
私は美的センスがない上に、お花もお茶も習わなかったので、お花を飾るのはもの凄く苦手です。
だから、鉢植えの方が好きなんですけど、鉢植えは枯らしてしまうというだらしなさ(^^;)。
うう。生き物係は苦手です。

それでも玄関にお花があると気持ちが明るくなるので、なるべく欠かさないように飾ろうと、実は今年の年頭に決めたのでした(笑)
今まではフリージアが飾ってありました。黄色いフリージアです。
今は、桃の花と菜の花。綺麗です^^。

わ、時間がない! 続きは仕事の後で。⇒ということで帰宅したのでした。

○年前まで山陰地方に10年間住んでいました。
良い仲間に恵まれ、楽しく育児に明け暮れた時間は、助けたり、助けられたり。
一方的に助けられるばかりでなく、自分にもちゃんとできることがあり。
一方で、困ったときにはお互い様と、とてもとても助けてもらったのです。

結婚して長男を出産したとき、周りに知り合いはひとりもいず、公園デビューも上手く行かず、私は育児ノイローゼの境界領域をうろうろしていました。目の前に「境界線」がくっきりと見えました。虐待事件が報道される度に、「ああ、この人はこの一歩を越えちゃったんだ」と思いました。
私にとって「境界線」までの距離は、冗談でも大袈裟でもなく「あと一歩」という感覚だったのです。

ちょうど同じ年の子どもを持つ高校時代の友人と、超長電話をしました。
休日で夫がいる日以外、毎日毎日、数時間。
あの頃の電話代はとんでもない金額で、私はとても夫に言えず、自分の口座から引き出して払ったこともありました。^^;
でも、あの電話があったから、私は「境界線」を越えずに済んだんです。
ずっと友人には感謝していますが、もしかして彼女もそうだったのかも、と最近になって思うようになりました。きっかけや想いは違ったかも知れませんけれど、彼女も何かしら抱えていたから、毎日毎日付き合ってくれたのかもしれない、と。

山陰地方へ引っ越して、元気いっぱいな長男のお陰で友達作りは大成功だったし、次男がいてくれたお陰で、長男のあれこれもさほど気にならなくなっていましたし。
ゆったりと流れる時間の中で、私たちは楽しい時間を過ごしました。
――勿論、あっちこっちに頭を下げるような喧嘩やいたずらは、いっぱいありましたけどね(笑)

かの地方では、3月の節句にお雛様だけでなく、「天神様」を飾ります。
これには驚きました。男の子の為のお飾りです。
長男はどっしりと家を守ることができるように、とお座りになった天神様。次男は、自分の足でしっかりと歩くことができるように立ち上がった天神様。そんな風に聞きました。

友人の家には、お姉ちゃん2人にそれぞれの七段飾りのお雛様が、お兄ちゃんと弟用に、それぞれの天神様が飾ってあり、8畳二間の部屋が、お人形で一杯になっていました。
すごいでしょ?

11月の七五三では、「日本国中の神様が出雲大社に集まっとらいいけん、余所ではみんな空っぽのお社を拝まれとらいい」と土地のおばあさんが仰ったのを聞いて、「すげーーー」と思ったものです。結婚式も、大社で挙げられる方は多いんです。昔ながらの土地に誇りを持ち、けれど新しく訪れた者も受け入れてくれる懐を持った、とても素敵な土地でした。
私は、誰とも何を比較するでもなく、子どもたちと笑い、叱り、愚痴を言い、10年を過ごしました。
子育ては一人でするものではない、と実感させてくれた仲間たちのいる場所です。

桃の花の季節になると、広いお部屋に飾られた雛人形と天神様を思い出します。
春休みには、高校進学を控えた次男と一緒に、合格の報告に行ってくるつもりです。
みんな、今頃は最後の一踏ん張りで頑張っていることでしょう。

おーーーい。みんな、頑張ってねーーー!

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |