「きぼう」を見たよ!

2012/10/29 12:10

うふふふふ。
「きぼう」/国際宇宙ステーションを目視しました!
わーーーい!

写真も何もありませんが、17:40頃から5分間くらいでした。
星もロクに見えない地域ではありますが、輝く光点がはっきり分かるほどの強さで、
北西の空から東の空に向けて移動して行きました。

ちょうど北の空に雲がかかってましたからダメかと思ったんですけどね、
丁度雲の切れ目から見ることができました。
らっきー! です。

地上から見ると、ホントに星みたいなというか飛行機みたいな光点なんですね。
それでも、うおーーーあれが「きぼう」だよーーー! とひとりコンビニの駐車場でわくわくしました!

ちなみに JAXA 宇宙航空研究開発機構 のHPに情報があります。
 「きぼう」を見よう

こんな情報があるなんて、実はしりませんでした。
というのも、宇宙好きなオトモダチがいて、時々情報をメールしてくれるのです。
今回もtitle「宇宙ステーション」で内容は、情報の写メだけというメールで。^^

ウチの子どもたちはちっとも宇宙に興味がないみたいで、「ふーん」で終わりなんですけどね(笑)
母は何だかとってもラッキーな心持ちでいるのでした。

ようし、明日もガンバロっと!

実は、久しぶりに風邪ひきました。
喉が痛い。頭が痛い。ダルイ。微熱。

仕事を休まねばならないほどに酷くはない。
というか、仕事だと思えば一日立ち仕事もできなくはないけど、
家にいるとなれば一日布団で横になっていたい、という状態。

基本的に風邪薬は飲まない主義なので、寝て治す。
(仕事中は、鎮痛剤と胃薬と栄養ドリンク必須・笑)
シンクに山となった洗い物を片付け、パソコンを開いて見たけどやっぱり頭が重いなぁ。

という週末を過ごして、ようやく今日起きられるようになったのでした。
早速、家の中を掃除してコタツを出しました!
だって、寒かったんだもん!
(笑)

皆さまもどうぞご無理をせずに、お体大切になさってくださいね♪

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『平清盛』

2012/10/25 13:18

所詮、ならず者の武士。

これか! とようやくこの物語が腑に落ちた。

はて。何のことでしょう?
(笑)

『平清盛』HPに、西光役加藤虎ノ介さんのインタビュー記事が載っている。
 信西と清盛のはざまで。

西光以前の名を、藤原師光(もろみつ)と言う。
師光時代の印象は、実はあまりない。

信西がトップに上り詰めて何やら夢中で画策していた頃、側に控えていたお公家さんがいたっけ。
ああ、あれが師光だよね。
という感じで。

信西が捕縛された時、離れることも、後を追うこともできずに(信西にそう命じられていた)いた師光。
泥にまみれ涙にむせびつつ、髪を切る。

それが最初の印象だった。
以降、なかなかに濃ゆいキャラである。

さて。

武士の世を作る。

それがこの大河の主人公である清盛の核である。
よって、彼は再々この言葉を叫んでいる。
そう、かなりの頻度でそれを口にする。

だが、それが空疎に聞こえるのは何故であろう?
ふーむ。

理由を考えてみた。

「武士の世を作る」事に対する清盛の執念が感じられない、のだ。

清盛はずっとその為に行動しているのであろうが、それが多少なりとも感じられるのは第3部になってから。
オレがオレが、の第1部も、源義朝(玉木くん)との対決である第2部も、
テーマとして「武士の世」が掲げられていたものの、それへの繋がりは今ひとつ希薄だったと思う。
いろいろなエピソードがあったものの、それらがこのテーマに帰結している、とこちらが感じるには弱いのだ。

それよりは、父・忠盛(中井貴一さん)が武士の世を目指したというきっかけ(舞子の死)や、
その後、犠牲にしてきたもの、守ってきたものを通しての生き方の方が、わかりやすいし、共感しやすい。
彼の生き方は、「武士の世」を目指していたという一事に集約されると言えるし、それに得心もいく。

だがしかし。
清盛は、葛藤が多すぎる。良く言えば。
ぶっちゃけで言えば、人物像が結構ぶれているように思えるのだな。

ひとりの人間としては、当たり前といえば当たり前のことで、
忠盛のようにブレナイ人間の方が珍しいわけで、そのブレを楽しむのも大河という長期戦の楽しみでもあろう、とは思うのだが。
その己の苦しみや悲しみを「武士の世を作る」という一点に集約するように話が作られていない。
だから、己の葛藤をそこへ繋げるための清盛の執念みたいなものが見えないのだな。

現在の平氏の栄華も、成り行きでそーなっちゃったのよね、的に見えちゃうんだよ。
ワタシは、清盛のアイデンティティの確立は好きではないが、
その後の義朝との対決や信西との共闘、後白河法王とのやり取りなどは面白く見ている。
ただ、それらが、「武士の世を作る」という一点に帰結していかないのだ。

もどかしい。
と、思っていたのが、この言葉ですとんと腑に落ちたように思ったのだ。

記事冒頭、「所詮、ならず者の武士」である。

おお、ちゃんと繋がって良かった!(笑)

この「所詮ならず者の武士」と言ったのは、西光である。
信西を誰よりも敬愛し、その偉業を共にすることを至上の喜びとしていた師光=西光が、そう考えているのだ。
信西とは国づくりの同志であった清盛であってもだ。

ワタシ、びっくり。

と、同時に当時の武士の置かれた地位がようやく実感としてわかった気がしたのだった。

加藤虎ノ介さんインタ記事で仰っているように、西光の清盛に対する意識は複雑であったと思う。
師光時代、かつては北面の武士も経験しているという西光は、武士がいかにならず者の集団であるのか骨身に沁みて知っていた。
そして、国の執政者には、才あり、教養ある者が就くべきであると考えるに至った。
だが、武力は侮れないし、それは有効に使われなくてはならない。

清盛個人に対しては、師・信西の同志であったし、その仇を討って欲しいとも思っている。
だが、信西が生きていればきっとしていたであろう国づくりをしている清盛に対して、妬心も消せない。
(この辺、インタ記事は丁寧に書いてあるので、是非、そちらを読んでね)
つまり、裏返せば、清盛個人にはかなり対等な意識を持ち接しているということだ。
その清盛でさえも、「所詮、ならず者の武士」なのだよ。

ワタシ達は――というと言い過ぎのような気がするので(笑)
ワタシは、武士が蔑まれていた時代というのを自覚しないで見ていたのだな。
原因はたぶんそこだ。

勿論、劇中、常に「武士ふぜいが」という言葉は使われていたし、描写もされてはいたが、
時代劇大好きなワタシは、武士と言えば至高の存在なのだよ。
ってのは、ちょい言い過ぎだけど。w

忠盛の時は、確かに武士のみじめさが際立っていたし、のし上がってやるという気概も感じていた。
だが、
清盛のアイデンティティの大問題は「みじめな武士という存在をどうはね除けて生きるか」ではなくて、
「平氏の血統ではない自分がいかに平氏の一員として生きるか」だった。
少なくとも、ワタシはそう受け止めていたわけでね。
それでは、武士が国の頂に登る、ではなくて、平氏が国の頂に登る、って事になってしまう。
そこに違和感を感じでいたのだなぁ。なるほど。

思い返せば、劇中、如何に武士が邪険に扱われてきたか、という描写は至る所でなされていたし、アナウンスもされていた。
平氏の館も、忠盛の頃はきちゃなかったよね(笑)。
今はすっかりお公家さん化されて、キレイになっちゃったけど。

源氏の描写なんて、もっと凄かった。
義朝の東国での活躍なんて、めっちゃ野人だったし。
これ、褒めてますから。いやー、サマになってたよね、玉木くん。王子様キャラだけじゃなかったんだーー!って。
その武力に秀でた義朝でさえ、朝廷ではいいように顎で使われ、しまいには平治の乱だ。
国を治めるのは武力だけではできない。教養が必要なのだ、というアナウンスには格好のキャラ。
(この場合の教養ってのは、歌や舞という意味ではなく、もっと幅広い知識ってことで)
愛すべき頭領ではあったものの、「所詮ならず者の武士」代表、源義朝、となる。

だが、これも清盛と義朝の対決として義朝の最後が描かれたために、源氏という武士が公家連中のいいように使い捨てられたというメッセージは充分に伝わらなかったと思う。
義朝と清盛の方針は違っていて、本来、武士の役割・位置付けという点で争っていたはずなのだが、
結局のところ、武士の中で平家と源氏が争っていたに過ぎないという形で終わった。

「武士が頂に登る」ではなくて「平家が一番!」になってしまった。
武士が頂に登るためには、武士同士で争っている場合ではない! みたいな開眼もなかったし。

実際に内部抗争になるのは仕方がないとは思うが、それをどう話の主題に繋げるかは作り手次第であろう。

大体、その教養豊かなはずの公家連中が、政治をしているように見えないのも問題だ。
古式ゆかしく意地悪してるだけ。
パンクだけど頭の切れる後白河院だって、そこは同じ。遊んでるだけ。
確かに政権として機能していなかったのかもしれないが、あれはあまりじゃないかと思う。
政治してたのって、信西だけだろう。

だから、この朝廷においての武士対公家の場面(例えば、重盛云々等)も、
武士=平氏が教養を如何に身に付けるかという方向で次第に解決されていく。
勿論、平家一族が身に付ける教養とは、舞や和歌といった嗜み方面で、
肝心の政治については清盛が独占していて、誰も寄せ付けない。

それが、平氏衰退の原因となる。
自分がいなくなった後の事を、果たして清盛は考えたことがあるのだろうか。

「所詮ならず者」と蔑まれた武士が頂に登りつめた時、清盛はその権力を維持するための手を打たなかった。
政治という権力を、己の才にまかせ独占し、一族の公家化を良しとした。
己が壊そうとしているものを子孫に伝えてどうしようというのだ。
継承を考えなかったことが、「武士が頂にたつ世」を易々と源氏に明け渡すことを許した。

驕る平家も久しからず。
だが、「所詮、ならず者の武士」がその後の世を長く支配するのである。

武力と政治という視点でこの物語を紐解いてみても、結構面白いのではなかろうか。
などと、加藤さんのインタ記事を読んで妄想していた次第である。

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『2199』第3章見たよ☆4

2012/10/19 18:46

昔からあまりSF作品は読んできませんでした。

眉村卓、筒井康隆、小松左京、豊田有恒くらいは読みましたが、海外の作品はほとんど読んでないですね。
友人のお父さんが段ボール箱いっぱいにSF小説を持っていて、中学の頃、友人と一緒に読んでいたのが、
確か火星シリーズと金星シリーズだったような気がしますが、あまりはっきりとは覚えていません。
アシモフとかアーサー・C・クラークとかも何冊かは読んだと思うんですが、これまたはっきりしません。

内容を覚えていないのだから、そんなもんは読んだウチに入らないっちゃ入らないんですが。
(笑)
9話を見ながら読んでいなかったことをちょっとばかし後悔しました。
でも、今から読むのはどーかなぁ。
ワタシにとって読み難いんですよね、海外作品は。

機会があればチャレンジしてみたいと思ってはいるのですが。^^;

というわけで、『2199』第3章ネタバレ有り感想☆4第9話「時計仕掛けの虜囚」です。
続くより」どうぞ。










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『2199』第3章見たよ☆3

2012/10/17 00:00

最近、「でってにー」という単語がお気に入りです。

「機動戦士ガンダム エクストリームバーサス」というゲームを息子がずっとやっているんですが、
(お。公式HPまである。すごいなw)
『ガンダムSEED DESTINY』という作品中に「デスティニーガンダム」という機体があるんですよ。
ゲーム内での性能は良いようなのですが、ちょっと扱いが難しい機体らしく、時々残念なデスティニーを見かけるそうでして、その“残念なデスティニーガンダム”を称して「でってにー」と言うんだそうです。

この「でってにー」。
発音するとよく分かると思うんですが、「残念なコ(苦笑)」的なヘタレ感が抜群の語感なんですよ。
このネーミングセンスにヤラれちゃいまして、もうワタシ大好きなんです。

今度blogを始める時は「でってにーがゆく」とかにしようかな♪ と申しましたら、
「ストライクとストフリとデスティニーの区別も付かないようなかーさんが?」とせせら笑いましたのよ、怪獣のヤツは。

ま、確かに一理ありますわな。(新blogも始めないしねw)

というわけで、『2199』第3章 ネタバレ有りの感想☆3 第8話「星に願いを」

…ヤマトの前振りにガンダムってどーかと思わなくもないですけど(苦笑)

続きからどうぞ。









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『2199』第3章見たよ☆2

2012/10/16 11:56

金木犀、まだ咲かないのかな~と思っていたら、今朝、いっぱい咲いているのを見つけました。
あの甘い香りが鼻先をかすめると、小学校への通学路にあった大きな樹を思い出します。

高い青空、揺れる万国旗、スターターピストルの音、お弁当。
金木犀の香り漂う季節は、運動会を連想させます。

子どもたちも大きくなり、もう小学校の運動会に行くこともないかもしれません。
運動オンチのワタシにとって、走ることも競争することも得意ではありませんでしたが、
想い出は懐かしい気持ちだけを運んでくるものです。

というわけで、『2199』第3章ネタバレありの感想☆2。
DVDもBDも持っていませんので、鶏頭であるワタシの記憶だけが頼りです。
記憶違いがあれば、訂正ヨロシクお願いします。

続きよりどうぞ。









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『2199』第3章見たよ☆1

2012/10/16 01:13

『2199』第3章見てきました。
いや~面白かった! ワタシは今までで一番良かった! 
夫は可もなく不可もなく、と言った様子。2章の時の方が反応が良かった。
賛否両論、好みが別れる回なのかもしれませんね。…ワタシの場合、同意見の方がわりと少ないので、大きな傾向というのが良くわからないのです。(苦笑)

本日3日目。週初めの夜、19時の回。
オンラインでチケット予約したときは結構空いていたのに、会社帰りと思しきオジサンが来ること来ること。
結果的に、たぶんほぼ満席だったと思う。もちろん、9割方男性陣。
ちょっとびっくりしました。^^

というわけで、ネタバレあり感想、行きます。だって、面白かったから。(笑)

まず、総評。

第1、2章はどちらも『ヤマト1』の焼き直し、或いは穴埋め(=理論武装)というイメージが強かった。
作戦全体の整合性や、最新のアニメ技術を使った艦隊戦やドッグファイトなどの大枠作りで魅せていた。

第3章は、趣が違う。
中盤にさしかかっていることもあるのだろうが、元ネタを「書き直し」しているのだと思った。
結果的に、話で魅せてくれたな、と思う。

上手いなぁと、ホント、感心した。
さすがプロだ。
自分であれこれ妄想するよりも、ずっとずっと面白い。
そんな当たり前の事を再確認した気がする(笑)

7話が、「太陽圏に別れを告げて」
8話が、「星に願いを」
9話が、「時計仕掛けの虜囚」
10話が、「大宇宙の墓場」

全く新しいネタってのはなかったんじゃなかろうかと思う。
元ネタは全て『ヤマト1』の中に存在する。
でも、同じテーマを扱っていても、視点と人物が違えば、そーか、こんな風に描き替えられるのか、と。
もう、とにかく上手いなーーー! と感心しちゃった。

で。
なるほどね、群像劇に徹するとこうなるのか! というのも再発見。
確かに、古代進と森雪の露出が少ない回だった。

ワタシは、以前「古代進を主人公だと思っていなかったみたいなんですよねー」と言ったことがある。
古代ファンの方に猛烈に叱られましたけど(笑)。
最近、いややっぱり古代は主人公だったなぁと思い直したのであったのだ。

というのも。

昔のアニメだから、って言っちゃえば身も蓋もないんだけどね、
原作『ヤマト』だと、古代進と森雪を挟まずに、他のキャラ同士が会話していることってほとんどないのね。
特に『ヤマト1』はその傾向が強い。

古代の背景は、彼の内なる回想という形で描かれる。
たまに島がフォローしてくれてたりするけど、そのほとんどはひとりであって、誰に打ち明けるわけでもない。
例外的に、雪かな?

対して、他のキャラは皆古代が絡むのだ。

例えば、真田の義肢背景は1話丸々使われているけど、でも、話している相手は古代進。
脱走しちゃった相原を迎えに行くのも古代。
着艦できないでいる山本を励ますのも古代。
沖田と酒を酌み交わすのも、古代。
島と将棋を指すのも古代。

それぞれのキャラの背景や性格が語られる時、そこには必ず古代進がいる。
第一艦橋内でなら、つまり、みんながいる中で古代を挟まずに会話することはあったかもしれない。
でも、例えば、真田と島がふたりきりで話しているシーン、ないよね?
沖田艦長と佐渡先生くらいのものじゃなかろうか。

でも『2199』はそうじゃないんだよね。
全員がひとりごちて、古代抜きで話をしてたりするわけだ。
真田副長と新見ちゃんなんか典型。

えーとね。
女性乗組員が増えて、雪が一身に負っていた役割を分散させたのと同じで、
群像劇に徹した結果、古代が一身に負っていた役割もまた、分散されているわけなんだよね。

山本玲はそれが顕著で、そのほとんどが原作・古代の役割を分担している。
女性であることと、旧作と同じエピを持っている古代が実際にいることが目くらましになっているけど、
旧作・古代の子どもっぽさや直情的な部分を受け持っているのは、実は、玲だ。

古代進は、士官であり責任者である以上、
「兄貴の仇!」とナイフを振り上げたりか「オレが!」と現場にすっ飛んでいってしまったりとかするわけにはいかない。
『2199』はリアルな理論武装を旨としている以上、指揮官候補生が迂闊に軽率な行動をとることはできないのだな。
その分、古代の代わりに玲がいろいろとやってくれるわけよね。
玲の立場なら叱られるだけで済むし、背景が同じでも性別が違うから結構別物に見えるし。

こういうとこ、上手いな~と思った。

で。
それはつまり「穴埋め」ではなくて、「書き直し」ってことじゃないかな、と。

「真っ赤なスカーフ」もすごく効果的な使い方をしていた。
あれは、旧世代にはぐっとくるよね。

とにかく、今回は製作陣に拍手! 面白かったです!

ということで、ちょっとのつもりが長くなったので、
また、各ストーリー毎に感想書きます。たぶん。^^;


『2199』第3章 ネタバレ有り 感想☆1 ☆2(7話) ☆3(8話) ☆4(9話-1)

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何やってんねん

2012/10/12 18:43

あが~!
久しぶりにhtmlをいじってたらこんな時間になっちゃったよ!
わはは、例の7thBOOKFAIRです。
まだやってたんかいな、と言われても申し開きようがございませんが。^^;

いや、久しぶりだけど、楽しかったよ~。
今までわかんなかったこともできたし♪
来週中には公開できそう。うし。

清盛もまだ(中途半端にしか)見てないし、「疚しさ」の記事も書きかけだし。
明日もちょっとできるといいんだけど。

あ、ワタシは明日は「2199」は行きません。来週平日に行きます。
明日、ご覧になる&お集まりになる皆さま、楽しんでいらしてくださいね~♪

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『2199』と作品への愛

2012/10/06 10:15

確かに。
1週間後に第3章の公開を控え、何処も『2199』で盛り上がる今時分、『ヤマト1』だの『復活篇』だのについてあれこれ考えている人は少ないかもしれない。(苦笑)
untimely? 完全に時機を逸している…わな^^;

てか、『2199』があることで『ヤマト1』とのスタンスの違いが際立つわけでして、
これも一種の『2199』フィーバーだと思えば思えなくもない、よね。(笑)

真田志郎に行く前に、最近ちょいと思ったことを。
ここ数年、旧交を温めている時に「実はヤマト好きだったんだ」とカミングアウトしたりされたりするようになり、意外な人と遠慮なくオタクな会話を楽しむ機会が増えた。
これもまたリアルヤマトのお陰であろう。

先日メールをもらった。
『2199』を観た。BGMや効果音等々、同じものが使ってある事に感激! だと。
新しく録音していることは理解の上での発言である。

『復活篇』『SBヤマト』『2199』と新しいヤマト作品が生まれたが、
その度にワタシの周囲のヤマトファンには二通りの反応があった。
(不安を抱えながらも・笑)新作を待ち望む声と、
興味ないから、或いは受け入れられないから、観ないという声。

当然、ネット上にも賛否両論様々な意見が散見していたし、
強制的に布教活動をするつもりはワタシにはなかったし、
一緒に語れないのは残念だな、と思うに留まっていた。

その賛同できなかったという彼から「2199観たよ」と何気に連絡をもらい、携帯メールで短いやりとりをした。
その感想が、ワタシの目から鱗をはぎ取ってくれたのだ。

彼は言う。
BGMや効果音等々、同じものが使ってある事に感激! だと。
その彼が今まで劇場に足を運ばなかったのは、キャラデがダメだったというのが理由だ。

新しい作品を受け入れられない理由のひとつに「キャラデ」がダメ、というのがある。
これはよくある話で、ヤマトに限ったことではない。
原作がある作品は、それが小説であれマンガであれ、読者の中にそれぞれのイメージができあがっている以上、
万人に受け入れられる事は不可能だ。
好みという点でも全ての視聴者に指示されるキャラデというものは存在しないだろう。

そして、シリーズ化され、長く続いている作品にとってキャラデの変更は必然となる。
シリーズが長くなればなるほどその変化も大きくなることは避けられない。

ルパンなんかは別な意味で面白いよね。
主要キャラクターは全然変わらないのに、同じ作品なのかと思うくらいキャラデが違う。
時代の変遷もあるけれど、それとは別に作画監督の個性が発揮されている。
キャラデは好みじゃないけど、話自体は大好きな作品というものが結構ある。

ヤマトでは、シリーズ間の差異はそれほど大きくないとワタシは感じているが、それなりにはある。

ヤマト作品において、ワタシはキャラデへのコダワリがほとんどない。
以前、「ポトスさんはどのシリーズの真田さんが一番好きなの?」と聞かれ、返答に窮したことがあった。
というか、そういった質問が存在することに驚いたのだ。それまで考えた事もなかったので。
ワタシは、どれも真田志郎だから、これといって好みはありません、と答えたように記憶する。
更に言ってしまえば、実は某様の描かれた技師長に一番惚れているかもしれない。かも。かも。かも。(笑)

だが、それはヤマトに限った事であって、それが例えばハーロックであったならば即座に否定していたと思う。
テレビシリーズとアルカディア、そして999。銀鉄にも出てきたっけ?
違うっちゃー違うけど、ワタシには誤差範囲でしかなく、
それでも、アホ毛のあるハーロックなど言わずもがな(笑)、ミーメやマーヤ、ラフレシアにアホ毛など却下以外の何ものでもない。
(いや、ハーロックの場合、アホ毛くらいあっても気がつかないかもね・笑)
ガチャリガチャリと靴音を響かせ、ゆらりとブレながら近づいてくるからこそのハーロックなのだ。
よって、今アニメっぽくリメイクされたとしたら、たぶん観ないであろう確率が高い(笑)

というわけで、キャラデがダメというのはワタシにも十分理解できるという事が言いたかったわけだ。
視覚的にアウトというのは、要素としてかなり大きいと思われるが、
それを置いても「理論武装したヤマト」に魅力を感じ、同じ音・音楽に惹き込まれているのだな。

新しい作品だからこうあるべき、新しい作品でもこうあって欲しい。
いろいろあるとは思うが、今まで自分が愛してきたものがリメイク作品にも繋がっているんだ、という感覚が実感できるというのは、とても大きな事なんだと改めて感じた。

たぶん、それをして「作品への愛」と呼ぶのではないかと思う。

自分が大切にしてきた何かを、リメイクしたスタッフ達も大事にしてくれている。
そういう共感が身に沁みて嬉しいのだ。
オールドファンたちは、ヤマトという作品に若い頃大きな感銘を受け、それをずっと自分の中で温め続けてきた。
それはファン活動を続けてきた、こなかった事に関係するものではない。
10代のあの時期に夢中になったものが、30年の人生の中で無くなってしまうことは、まずない。
共感であれ、否定であれ、自分の性格形成に、人生の中に何某かの足跡を残しているはずである。

だからこそ、逆に、それを置き去りにされてしまった場合の悲しみは計り知れない。
30年という月日が流れ、自分の裡で育んできた愛を、それはいらないものだったのだと認識させられたショックはそりゃあ半端なかろう。
だからこその、反発。要望。懇願。批判。

ヤマトファンの異様な熱気と、リメイク作品における難しさの一端はここにあるのだと思う。

ワタシは『2199』を、まるで答え合わせをしているようだと思いながら観ていた。
具体的には自分が二次作品を書いていたからなのだけど、実際の所、二次作品を書いているいないには関係ないことだったのだと今は思う。

自分が大切にしてきたものを、大切にしてくれている。
自分が大切だと思ってきてものを、ばさりと切り捨てられてしまった。

それでもできあがった作品、つまり『2199』を「良いできだ」と認識する。
「面白いね」と世間的にも評価される。
ヤマトをうっかり忘れていたファンが戻ってくる。
新しいファンができる。

そういう過程を経ながら、自分の心と折り合いをつけていくのだ。
自分が大切にしていたものを見定め、気付かなかったものに目を向け、
若かりし頃の想いを、成熟へと導いていく。

おおおおーー。『2199』って素晴らしいじゃないっすか!

面白かったら面白いと言えばいい。
つまらなかったら、そう言えばいい。

来週の第3章公開、楽しみにしています。

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『平清盛』第38回感想

2012/10/05 21:48

ようやく前回の分を観ました。
ただでさえテレビをみないので、録画した番組を観るのは大抵遅れます。
大河を敢えて観ようとするのはワタシだけなので、余計ですね。


『平清盛』第38回平家にあらずんば人にあらず 2012.09.30放送

大型重機のない時代、どうやって大輪田泊の改修工事をしたのかめっちゃ不思議だったのだが。
船を沈めて堤防の礎にするという案には、感心した。
兎丸、エライ!

兎丸と小兎丸のやりとりが、たいへんに微笑ましい。
最近の子役さんは、可愛らしい上に芸達者な子が多いのねぇと思う。
あまりに小兎丸が可愛らしいので、先を勘ぐりたくなるのはワタシの性格が悪いからに違いない。
どうぞ、何事もありませぬよう。

子どもと言えば、こっちは可愛らしさの欠片もない、いや、ホラーなお子さま方、禿(かむろ)。
身よりのない子どもたちを集めて平家の密偵として使っているわけだが。
ウチのPCの場合、「かむろ」と打っても変換候補に無いが、「○げ」と打つと変換できるのは笑える、というのは勿論、余談だ。

平家の悪口を言うと、どこからともなく聞こえてくる鈴の音。りりーん…りりーん…
赤いおべべとアイメイクがコワイ。

時忠(森田剛)のあまりなやり口に、時子ねーさんは心配しているものの止めることはできない。
のし上がっていくためには、どこかでこうやって汚れ仕事を担う人間が必要だ。
洋の東西を問わず、何時の時代でもそうであったに違いない。
清盛の正妻・時子を姉に、建春門院・滋子を妹に持つ。
野心は持っているくせに、オレが、オレがと前に出ないのは、やはり頭の良さ故なんだろう。
そのくせ、ちょいと前には宗盛を跡取りにとか言ってみたりして、よくわからんお人だ。

禿の赤が美しい。
凋落、という言葉が浮かぶ。

 祇園精舎の鐘の声
 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらわす
 おごれる者も久しからず
 ただ春の世の夢の如し
 たけき者もついには滅びぬ
 偏に風の前の塵に同じ

平家物語を知らなくとも、この冒頭の部分は誰しも聞き覚えがあるだろう。
(ワタシは小学生の時に一生懸命覚えた・笑)
壇ノ浦の戦いも然り。
禿登場時の鈴の音は、まじ、コワイ。

「平家にあらずんば人にあらず」

この言葉を吐いたのはてっきり清盛だと思っていたんだけど、時忠だったのね。
森田くん、当たり役って感じでハマっておるぞ。
自分のやっていることに疑問を持ってはいなさそうだが、それが正しいとも思ってもいなさそうな表情がよい。
藤原道長のように「我が世の春」って感じで言うのかと思ったけど、そうじゃなかった。
汚れ仕事だと重々承知の上で、それが己の任務だと腹をくくっているような。
決意と闇が同居しているような、そんな印象を持った。

前回の重盛とは、見事に対称的である。
清盛という怪物の前で精一杯生きているのは同じだし、どちらも平家一門のためを考えているのではあるが。

その重盛、権大納言を辞任してとうとう気鬱の病に…と思ったが、
徳子入内に際して復活。
いやー、なんかこの人出てくると清々しいね。

平家一門もようやく見慣れてきた所だけど、もう10月だよ(笑)
まだ、あと10回はあるか。

後白河法王と清盛のやりとりは面白い。
貫禄の出た清盛と相変わらずの後白河法王。
松田くんは、若いなーと思うときと、おおおっと思う時があって、これはこれで面白い。
ふたりとも頭剃ってから、表情がダイレクトでいい感じ。
何しろ、清盛叫ばないし(笑)。

あ、清盛といえば、時子ちゃんが倒れた時に駆け通しで駆けつけたってのは、ベタだけど良かった。
夢見がちな万年少女かと思ったけど、時子ちゃんも落ち着いてきたし。

清盛が生き急いでいるようだった、と言っていたのは誰だっけ。ナレーション?(←確認しろよ)
50歳なわけだし。
当時の平均寿命ってどれくらいだがわからんけど、
(一説には40歳とかあるらしいが、平均寿命には乳幼児の死亡率が大きく関わるから何とも言えないだろう)
まだまだこれからだぜっと思っていたとは考えにくいわな。
流行病とかもあるからな、寿命と野望との争いってとこじゃなかろうか。

ラスト、義経&弁慶登場。
弁慶役、青木崇高さんなのだよね。
『龍馬伝』での後藤象二郎役でたいへんご活躍された方。
ふふふふー。楽しみである。

最後に、関東地方のゆうか姫。じゃなくて、政子ちゃん。
そろそろ、のし上がる時政殿を拝見したい。
お願い申し上げる。


『平清盛』感想 37

テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

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風たちぬ…とくれば、今は秋、ですかね?

2012/10/05 16:53

タイトルに意味はありません。申し訳ない。^^;
10月に入り、すっかり秋めいて参り…ませんな。今日も暑い。
ご無沙汰しました。
(笑)
仕事が肉体労働系に傾き、バタングーな日々が続いていただけで、元気にしとります。

今、息子が海外へ出張に、ウソ、旅行に行ってます。
我が家は誰も海外になど縁のない生活を送っており、至極当然本人も初めての経験。
あれやこれやと心配もいたしましたが、今のところ無事過ごしているようです。

しかし、あれがいないとなかなかに大変でござる。
通常、息子がいない間は手が掛からなくて楽ちん、というご家庭が相場でありましょうが、
我が家の場合、彼の担っていた家事の分担が残された者に加算されることになり、うん、面倒なのでござる。
親のワタシが言うのもナンですが、ふと思い至るわけですよ。

そう。我が家のシュフは彼だったのだな、と。

時間になれば、洗濯物を取り込み、雨戸を閉め、風呂を汲み、
夫(彼にとっては父親だけど)が帰宅すれば、そそくさと灰皿とビールと氷入りのコップを出す。
「ご飯だよ~」と呼べば、テーブルを拭き、茶碗や皿を並べ、お茶や必要な調味料を出す。
最後の調理を終えた時には、ワタシは席に着くだけでござる。
(そして、皆、ワタシの「どうぞ」という一声をワンコのように待っているのだ・笑)

大した手間ではないとはいえ、黙っていても揃っていたモノを全部自分でやるとなると、面倒なのでござるよ。
いなくなって初めて分かるありがたさ。
うん、それってやはり「シュフ」だよねぇ。

まあ、その分彼は学校生活ではヘタレなので、総じてしまえばイイコト尽くめではないのだけどね。

ウチの怪獣共はよく手伝いをすると思う。
正直、ワタシは感心するのだよ。
どうしてこんなによく動くのだろう?

長男はちょっとシリが重たいが、頼めば大抵のことはイヤとは言わない。
「え~~」と嫌そうな顔をするのも、デフォルトに反応しているだけのことで、本気でないのは知っている。
次男に至っては、家族全員が感心するシリの軽さ。(尻軽なワケではないよ・笑)

とはいえ、余所のご家庭を知らないので今時の平均的青少年の動向はわからない。
だから、比較対象は同時代のワタシである。
威張って言うことでもないが、ワタシはホント、なああああんもしないムスメだったもの。
ああ、亡き母よ、ごめんなさい。(ノ◇≦。) ビェーン!!
どーしてこのワタシから、こんな息子たちが生まれたのかわからん。
お陰で大分、楽させて貰ってます。

繰り返しますが、余所は知りません。
いいんです、ワタシがそー思ってるんだから。
(笑)

さて。そんなわけでまたいろいろ書き始めます。

明日、10/6から映画「ツナグ」が公開されます。
初日、舞台挨拶には当選しなかったけど、映画はその内観に行きます。

そうそう、9月いっぱいの1000円券があったので「天地明察」を観てきました。
いや~、面白かったですよ! 
なんてーか、いろいろと考えさせられるというか、我が身を振り返ることしきりでしたね。

それでは、またよろしくお付き合いくださいませ。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |