定見

2016/10/04 16:54

「定見」という言葉をネット辞書で引いたら、
「他人の意見に左右されない、その人自身の意見。一定の見識。「定見をもつ」「無定見」」(デジタル大辞泉より)
とあった。

私には定見というものがないのではないか、と近頃思う。

よく、頑固だと言われる。
自分で納得できないと意見を変えない、という意味で言われるらしい。
納得できれば、意見を変えることに吝かではない。
というか、自分では人間生きて成長していけば、意見が変わって当たり前ではないかと思っている。
それはともすると無責任とも変節漢ともなりかねず、
武士に二言はない、というか、言葉を発する時にはその責任について吟味してからにすべきであろうとかは思ってはいるのだけど。

まあ、それとはちょっと意味が違うのだけど、ワタシは全員が同じ方向を向いている状態が嫌いだ。
同調圧力とか感じた途端にその場から離れたくなるし、
たとえそれが自由意思に基づいたものだとしても、気持ちが悪いことこの上ない。

何かを為すためには同じ目的を持つことは必要だろうけど、
それは全員が同じ方向を向くこととは違うと思う。
人それぞれのやり方や考え方があり、それをまとめて成果を出すのが指導者ってもんじゃないのかと思う。

で、まあ、結局のところは天の邪鬼なだけなんじゃないかとおもうけれど、
大概、大勢とは違ったことを言いたくなるというか、
結果的に少数派となってしまうことが多い。
で、自分に定見がないと思うのは、少数派であった自分の意見がかわって多勢を占めた時に、これまた気持ち悪いと思ってしまうから。

年を重ねるとともに、まあそれもいいんじゃないかと思えるようになりつつはあるけれど、
ふと、じゃあワタシの意思ってなんだろうと思ってしまった。^^;

定見を持つためには、知識とか教養とか経験とかに裏付けられた人生が必要なんだろう。
厳かな武士の佇まいというのが憧れではあるんだけど、
ワタシには難しそうだなあ。^^;
と思う、秋にしてはとても暑い夕暮れであります。

テーマ : 今日のつぶやき。 - ジャンル : 日記

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