大型連休ですな。

2017/05/03 23:56

大型連休、後半戦に突入ですね。
お天気も好く、行楽日和になりそうです。
が、サービス業のワタシは相変わらず仕事です。^^

昼休み、つまり、お昼を食べている時に話題になったのですが、
町内会の活動や費用が、同じ市内でもその町内によって全く違っていて、
その活動の対象というか、恩恵を受けているのが自分の町内以外の人達ばかりだとか、
役員や活動をしている世帯が偏っていることにわりと強い不満を持っている人が結構いることがわかりました。

祭りのために小学校にやぐらを組むが、そこの小学校に通っているのは違う町内会の子どもだというところ、
道路清掃の為にかるく1時間はかかるところ、
道路清掃は軍手とゴミ袋が配られるけど、それでお終いというところ、
実質役員も活動もしていないけれど、災害等で嫌な思いをしたくないから会費だけ払っているところ、
防犯のために夜回りを週2で行っているところ、
ホント、様々です。

加入するのも、基本的には自由だと思いますが、
半強制的に入会させられるのに、ひとり住まいや独身世帯は役員や活動を免除されているとか、
マンションだからほとんどの世帯が加入していないとか、自由意思だとか、
これまた様々。

PTAでも似たような状態で、問題視されているという記事を時々見かけますが、
解決できたという話はほぼ聞きません。

どちらも、活動が実態と合わなくなってきていることが原因だと思います。
必要ない事を一部の人達が担わされているという負担感がとても大きくなっていて、
それを免除されている人がいることが許せない。
人間、たとえそれが結構な負担であっても面倒で合っても、
本当に必要だと思えば案外ちゃんとやるものです。
夏祭りも、道路清掃も、集会も、近所付き合いも、
やった方がいいかもしれないけど、なくてもさして困らないことになってしまった。
いざという時はあった方がいいかもしれない。
でも、日常的にはほぼ必要ない。どっちかといえば煩わしい。
そして、「いざ」という時は、案外やってこないものだったりする。

今や、町内会もPTAも、負担だけを強いられる、幻の助け合いとなってしまった。
本来の役割は、セーフティネットだったのだと思う。
国も自治体も貧しくて、実質的に、個人の面倒まではみていられない。
病気になったり、働き口がなくなってしまったりという自体は、わりと日常的に転がっていて、
結構な頻度で「いざ」という事態が起こっていた時代に、
頼りになるのは「遠くの親戚よりも近くの他人」だったのだと思う。

生活を支え合う事も、
貧しい生活の中でも子どもを労働力とせずに学校へ通わせることも、
互いの協力なくしては成立し得なかったのだと思う。

そういう時代の名残。

私はPTAも町内会も否定したくない。
どちらも楽しく参加してきたし。
でも、その地で生涯を過ごすと決め、そこに根を張って暮らしてきたわけではない。
決していい加減な気持ちでやってきたわけではないけれど、
でも、言ってしまえば、私は異邦人でしかなかった。
いつかいなくなってしまう人、だ。

そう言う意味では、地元に居を構え生活している人とは、覚悟が全く違う。

全員が一致団結して、誰も手を抜かずにやっている、という状態は美しい。
ヤマト艦内みたいだ。
でも、それはあり得ない。
他人がサボっていても、それはもう他人である以上、どうにもできないことだと思うし。
私は手を抜かずにやりたいので、そうするし、手を抜きたいときは抜く。
自分の仕事に見合った給与というのも、実際のところ、不明だし。
そう思っていたから、どうしてそんなに他人の動向が気になるのか、不思議なくらいだったのだけど、
ああ、覚悟の違いなのかな、と思った。

私は結構他人のやり方に合わせることが苦手なのだけれど、
そんなことを言ってられるのも、二進も三進もいかなくなったら逃げることができる、
という気持ちが底にあるからなのかもしれない。

他人を批判するのは簡単だよな、とちと反省したのでした。^^;

テーマ : 今日のつぶやき。 - ジャンル : 日記

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