『三匹のおっさん』を読んで思った。

2010/01/15 11:44

昨年に『三匹のおっさん』(有川浩/著 文芸春秋 20090313 ISBN:9784163280004 )を読んだ。
感想を書こう書こうと思いつつ、時間ばかりが過ぎてしまった。図書館で借りた本なので現物が手許にない。時間がたっているから思い違いもあるかもしれない、とご了承ください。

有川さんといえばラブコメの女王。その称号?は伊達じゃないよな、と思う。
『塩のまち』は未読だが、近作以外はほぼ読んだ。近作を読んでいないのは、図書館の予約がなかなか回ってこないからであって、意図しているわけではない。
アラフォーになって胸きゅんもなかろーと思うけど(笑)、いやいや、楽しく胸きゅんさせていただいている。
軍オタというのもその通りで、どこをどうやったらミリタリーにラブコメがくっつくんだろうと思いつつ、楽しく読んで感心してしまう。
ちなみに『海の底』に登場した【レガリス】は大好き。ザリガニ?のでっかい怪獣です(笑)

さて、『三匹のおっさん』はミリタリーは関係ない。
定年退職した清さんと同級生のワルガキならぬおっさん三人の物語だ。

内容(「BOOK」データベースより)
「三匹のおっさん」とは…定年退職後、近所のゲーセンに再就職した剣道の達人キヨ。柔道家で居酒屋「酔いどれ鯨」の元亭主シゲ。機械をいじらせたら無敵の頭脳派、工場経営者ノリ。孫と娘の高校生コンビも手伝って、詐欺に痴漢に動物虐待…身近な悪を成敗。
(Amazon.より引用)

ジジイ扱いはされたくない、まだまだ【おっさん】でいたい、という彼らの気持ちはわかるような気がしますねぇ。

以下、ネタばれ含みますのでご注意ください。

とにかくこのおっさんたちがカッコイイのね。
定年退職でうらぶれるかと思いきや、颯爽と活躍しちゃう剣道の達人・キヨさん。柔道家で現県警署長?を投げ飛ばしたこともあるというシゲさん。まるで町工場にいる真田さんかい、というようなノリさん(笑)。

自分たちが始めた夜回りを、吹聴するどころか妻にさえ隠している。活躍しても驕り高ぶったりしない。粛々と再就職先や自営の仕事もこなし、自分たちにできることを、それも人の役立つことをしようとする。

稼ぎを得るためではない何かをしようとするときには、それを「楽しんで」するというのは大前提だと思う。
じゃないと人間続かない。楽しんで始めたって続かないことは多いけど。キヨさんたちも人の役に立つことをしたい、というのが第一目的ではないだろう。自分たちが、何かをしたかったから始めた。
誰かのため、というのは難しいね。それが何よりも原動力になることも、継続するための力になることもあるけれど、それを言い訳に使っちゃいけない。「やりたいからやってんじゃないの?」というは、大切だと思っている。横道にそれたな。

彼らはそれぞれの持ち味をいかして、身近な事件を解決してゆく。そのさまは痛快だ。

そして、ラブコメの女王はやはりおっさんたちにもちゃんとロマンスを用意してくれている。
幼なじみワルガキトリオには、やはり、ヒロインがいて、ちゃっかりとキヨさんのお嫁さんに納まっているわけだ。けど、どうやらこのワルガキトリオの首根っこを押さえているのは、このヒロインらしい(笑)。

また、キヨさんには出来の悪い息子夫婦と、イマドキ風味のちょっと行儀の悪い孫息子がいる。
この孫がしごく真っ当な人間らしい。ま、見た目も口の訊き方も今風ではあるけれど。
で、ノリさんの年の離れた娘と恋に落ちていくさまは、まさに青春そのもの。サワヤカである。

けど、私が一番好きなのは、シゲさんの奥さんが結婚詐欺に騙されて、家族を捨ててついて行こうとする話。
これは、やはりおっさんたちの活躍で計画は潰えてしまうんだけど、ね。
「あぁ、この声に(自分の名前を)呼ばれたかったのだ――」と、彼女が辿り着いた答えに、私はボロボロ泣いてしまった。いや、さすがです、有川さん。胸きゅん通り越してしまいましたよ。(あ、ちなみに、ウチの夫婦は名前でしか呼びあわないので、こういう感慨はないっす)

それから、ノリさんの娘さんに対する想いも良かったさ。奥さんの忘れ形見なのね、このお嬢さん。
ノリさんの気持ちも、このお嬢さんの気持ちもとても素敵ですよん。

とにかく一気に読んでしまった物語だった。おもろかったわ~(^^)と思った。
けど、どうしても気になることがあった。

このキヨさんの息子夫婦の事だ。
キヨさんには、どうしようもないダメ息子とバカ嫁がいる。
どうやら学生の時の付き合いでいわゆる「できちゃった婚」だ。結婚式の費用も、新居の費用も(キヨさんたち夫婦と二世帯住宅に暮らしている)、みーんなキヨさんがあつらえてやっている。
甲斐性なしの息子と、キヨさんの定年退職の日に「道場を潰して、ワタシがピアノ教室を」などと言い出すようなバカ嫁と、全く躾のなっていない孫息子。(あ、バカ嫁というのは、作中の言葉です)
息子はヨメの手綱を握ることもできず、言いなり。
ヨメは、お嬢さん育ちで働いたこともなく専業主婦。
いわんや、その息子となれば言わずとした…。
という設定。キヨさん達は溜め息をつきつつ、息子たちと暮らしている。歯に衣着せぬ爽快な妻は、ヨメを「バカ嫁」といい、息子のことも一刀両断する。

確かに情けない夫婦なんだな。キヨさんたちが嘆くのもわかる。孫が親を軽くみているのもわかる。そして、戦後馬車馬のように、真面目に必死に真っ直ぐに働いてきたキヨさんたちは、カッコイイ。

けどさ。
その息子を育てたのは、あんたたちだよ、キヨさん。
それが、あまりにもユルい。他人からどういう扱いを受けても、皮肉をいわれようと、あのバカ息子夫婦は仕方ない。だって、ホントにそうなんだもの。
でもね、キヨさんたちは、それをしちゃいけないと思う。キヨさんは(奥さんも含む)あまりにも、他人事すぎる。
「あのぼんくら息子が」と愚痴をいうだけでいいのか?

戦後、我々の生活は変わった。
いろいろなものが変わったけれど、生活様式も変わった。親の行動は、模範にならなくなった。

たとえば、お風呂。
私の両親が子どもの頃は、カマで焚いていたはずだ。どうやったら木に火がつくのか、上手く焚けるのか、それは親から教わり、そして兄姉を見習ったはずだ。
――私たちは? 私は油を戸外のドラム缶から移して、マッチで火をつけた。戸外は暗く、灯油を溢れさせてしまったことも多々ある。ここに置けば明るいから。音を良く聞けばわかる。そんなことを言葉で教えてもらったことはない。親がするのを見て、自分で失敗して覚えた。あぁ、風呂の水を溢れさせたことも数知れず、だな(笑)。
――では、息子達は? 壁にあるスイッチを押すだけだ。

これは、技術の変化だけだろうか? 火を付ける方法を知らなくなっただけだろうか?
私は違うと思う。そこには、技術の伝達だけでない様々な事柄の消失がある。
風呂焚きひとつ考えたって、数え切れないくらいの消失がある。火の付け方だけじゃない。火を付けるのは大変だから、みんな素早く入ろうとか。大人数で入るのに、どうやったら最後までお湯を汚さずに済むだろうとか。入る順番だってあった。そこに家族内の序列みたいなものもあったはずだ。
技術の進化とともに、我々が考えなくなった/退化していると言われて久しいが、いや、すでに口にのぼらなくなるほどだが、私たちは親から受け継がなかったものがそこに必ずあり、それが現在の【ぼんくら息子/娘夫婦】を作っているのではないか。

夫は「40歳だろう? 今頃になって、俺達がこうなったのは親のせいだなんて、他人のせいにするのはイヤだ」と言った。
もちろん、私だってそうだ。自分がだらしないのは親がそう育てたせいだなんて、思っているわけじゃない。

親、そしてその上の世代をみていると、心から凄いと思う。わたしらが【ぼんくら】と言われてしかたない、と思うほどによく働き、愚痴もロクに言わず、ちゃんと生活していると思う。

けれど、祖父母たちから両親に受け継がれてきたもので、私たちに継承されなかったものがある。そして、それを自覚しないままに、更に我々は子育てをしている。
誰かのせいにしたいわけじゃない。だが、原因を追及することは必要じゃないのか、と思う。

「最近の若者は…」という前に、我々が受け渡していないものを真剣に考えるべきじゃないのか。

それは、個人の躾の問題ではすでにない。
私が子どもの頃、つまり親たちから受け継いだのは「畳の上の作法」だ。現在、畳みの上で生活している人間がどれくらいになった? われわれは、椅子とテーブルの暮らしの作法を誰に教わった? 子ども達に教えているか? いや、その作法を知っているのか?

キヨさんたちの世代は、カッコイイと思う。尊敬もしている。けれど、してこなかったこともあるはず。
繰り返すが、それを責めたいわけではない。我々はそれが何なのか真剣に考え、次代に繋いでいかなかったら、今まで続いてきた日本という国/社会事態が崩壊してしまうんじゃないのか。

この本を読んで、一番強く思ったのはそのことだった。
共同体が崩れ、家族が変化し、この国はどこへむかうのだろう。
考えるばかりで何もしないよりは、キヨさん達のように「何か」を始めなきゃいけないのかもしれない。

私に何が出来るのか。と、括ってお終いにしよう。

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コメント

No title

・・・数十年(十数年、ではない)前に、マッチを擦れない子供、という話題がありました。こんなことの積み重ねが本来、「ゆとり」教育につながる源泉だったとおもいますけど・・・今は!?

 今じゃ、BBQでLPガスのボンベをコンロに繋いでマッチで点火、する光景、ないのでしょうかねぇ、学生時代に住んでた寮では毎日のことでしたけど。最近じゃ、町内会の夏行事くらいでしょうか(苦笑)、などというあたしも、オール電化生活3年目・・・タバコも吸えません(自爆)

| 2010/01/15 |  20:49 | Tacke #- |  URL | 編集 |

マッチ

理科の実験でアルコールランプを使っていたので、誰がマッチをするかでもめました(みんなやりたがる)
ネットで本州の方々と交流して思うのですが、本当に九州人って(ていうかK県人てアホじゃなかろうかと)
風呂といえば、五右衛門風呂ってご存知ですか?
えっと。
決して死刑にされるあの風呂ではないのです。
ふたを踏んで入らないとヤバイですが。
父方実家では長いこと、そうだなあ長兄の伯父の息子が結婚するまでは五右衛門風呂だったんじゃないかな。
父の実家に帰省すると五右衛門風呂だから、珍しくて面白かった~
という話を九州仲間の掲示板でやっていたら
九州育ちの人たちは「うちにもあった!」「うちもうちも!懐かしか~」
でした。
九州以外から転勤や結婚で来ている方は「へえ、見たことない」

五右衛門風呂文化ってもしかして九州固有?

| 2010/01/16 |  10:18 | 瑠璃 #DjKfH0pw |  URL | 編集 |

なるほどなあ。面白そうなので読んでみようかな。

至極共感。
私は、子どもたちの「遊び」に危機感を覚えますわ。だってさ、いわずと知れた「ゲーム」……あんな完成された遊びしかしていないから、外で何をして遊んだらいいかわからないんですよ…、ほとんどの子が。
特に、ゲームを早くから始めてる三男が致命的。長男は、ゲームはするけど外遊びの方が好きで、ゲームがなくても何かを拾ってそれで遊ぶ(w)、という事が出来るんだけど、ほっちゃらかして育てた三男はゲームがないとなにして遊んだらいいのかがまったく分からない……。

私は親ですが、ゲームは好きだよ?否定はしません。すごい面白い、それは認めます。
拙いと思うのは、「それがあまりにも完成された遊びであること」です…

ストーリーも、音楽も、システムもなにもかも。用意周到すぎる。まだドラクエくらいのうちはよかった、プレイヤーが想像したり工夫する余地があった。だけど、最新のFF13とか見てるとさ…。
これを与えられた子って、想像力とか創意工夫とかはまったくゼロになるな、ってちょっとコワくなった。

「完成された遊び」はクオリティ高いし面白いけど、それを子どもに与えるのは拙かったなあ、と心底思います。
(ま、手遅れだけどさ)

あ、これか。「ま、手遅れだ」というこの感覚が、ポトスさんいうところの「キヨさん」のやってること、なんだろうなあ…。

この危機感をどうにかするには、やっぱもう一度「何もない」時代に戻るしかないのかもしれない。…それも不可能だけど(苦笑)。高度成長期に馬車馬やって来た世代がカッコいいのは、ハングリーだったから…なのかもしれないけど、その世代の人たち自身は自分たちをカッコいいとは思ってないかもしれない。辛い時代だったと、そういう声も良く聞きます。
ま、隣の芝生は青い、ってね?そういうことなのかな…。(なんたる諦観・苦笑)

| 2010/01/16 |  20:10 | ERI #- |  URL | 編集 |

>Tackeさま

> ・・・数十年(十数年、ではない)前に、マッチを擦れない子供、という話題
 そうなんです。数十年前には話題になったんですけど、今じゃマッチどころかライターもありゃしません。「子どもがライターをいじったからって、全部が火事になるわけじゃない。その何百件のウチのひとりくらいがやけどして、何千件のひとりくらいが、服をこがして、何万件のひとつが火事になる。とにかくやらせなきゃ、何もはじまらん」と父に言われてしまいました~(^^;)

| 2010/01/17 |  08:04 | ポトス #- |  URL | 編集 |

>瑠璃さま

> 風呂といえば、五右衛門風呂ってご存知ですか?
 はいはいはいはい。子どもの頃、親戚の家で入ったことありまーーす(^^)/ 関東でーす。
 トイレが家の外だったとか(今考えると馬小屋のそばですね)、かまどが土間にあったとか(使ったことはない)、台所が土間だったとか。(そこん家は農家です)
 あれれれ。もしや私は年齢不詳???(笑)

| 2010/01/17 |  08:08 | ポトス #- |  URL | 編集 |

>ERIさま

> 至極共感。
 ありがとでございます<(_ _)>
 
> いわずと知れた「ゲーム」……あんな完成された遊び
 私もそう思います。
 わっちもゲーム大好きでやんす。最近はネットしてるだけで精一杯なのであまりしなくなりましたけど(笑)。「早く寝なさいっ」と子どもを寝かしつけて、徹夜寸前までゲームしまくり…なんてことも(^^;)

>ゲームがないとなにして遊んだらいいのかがまったく分からない……。
 ウチの息子たちもゲーム大好きですが、周りを見渡してみると、ゲーム大好きでもゲーム以外で遊ぶのが得意な子もいましたよ。だから、ゲームと外遊びは別な才能じゃないかと思ってました。
 ただ、遊びだけに限らず、「自分で考える」ことをしない子ども&大人が増えているとは思います。「何したらいいのかわからない」ってヤツです。そういうのも訓練じゃないかと思うわけです。
 昨年母が亡くなり、みなさんにいろいろお心遣いいただいて、私はとても嬉しかったし、また自分を振り返って反省したわけです。
 すぐに連絡をくれる優しさもある。「勝手に送っちゃったけど、ごめんね」という優しさ。一段落着いた頃に、ねぎらってくれる優しさ。たとえば年賀状の代わりにXmasカードを送ってくれるような優しさ。それから、「何もしない」という優しさ。
 私は喪中の葉書をもらったからといって、びっくりしてメールをするような事はしたことがなかった。あぁ、そうなのか、と思うだけのヤツだった。今回自分のことになってみて、そんな心遣いがとても嬉しかったのですね。
 で、先日父をそんな話をしたんですけど。昔は、もっと共同体のしばりが強かったから、自分が経験しなくてもそういうことを知る機会がたくさんあったのではないか、と。私たちは社会に出ても、仕事以外で「おとな」になる機会が減っているんじゃないかと。
 「自分で考える」というのも訓練が必要なんじゃないかと、そんなことを話してきました。
 でも、子育ての真っ最中って余裕ないですよね。「今更取り返しきかねーよー」と私もよく思いますもん(^^;)。せめて、人との繋がりは大事にしたいなぁと思ったりするわけです。
 というわけで、今後もわいわいさせてくださいまし(^^)/

> やっぱもう一度「何もない」時代に戻るしかない
 あぁ、それ私も考えました!で、同じく不可能だよね、って(笑)

>辛い時代だったと、そういう声も良く聞きます。
>ま、隣の芝生は青い、ってね?そういうことなのかな…。(なんたる諦観・苦笑)
 そう、隣の芝生は青いんですよ…ね。

| 2010/01/17 |  08:32 | ポトス #- |  URL | 編集 |

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