『龍馬伝』感想no.31

2010/08/02 00:34

『龍馬伝』no.31 西郷はまだか 2010.08.01放映

今日も星は見えません。残念ですね。

さて、龍馬伝です。
薩長連合を目論む龍馬が、そんな事は少しも望んでいない薩摩と長州を説得する。
龍馬が歴史を動かす最初のステージです。
どんな物語が編まれるのか、楽しみにしていました。

そうそう。余談ですが。
前回ご指摘のあった龍馬伝第3部のOPENINGですが、確かに「カスケードブラックホール」に見えますな~(^^) 龍馬の後ろのリュウまでが「そう」見えてしまいました(笑)。

さて、龍馬です。
「亀山社中」と名称が決まったようです。
大泉長次郎案の“日本独立党”やら“船乗り侍”なんてのも飛び出しましたが、日本初の商社ですからね。
とはいえ、この時点ではこの亀山社中が何をするのか、具体的には決まっていないようですが。
「金の出入りは長次郎に」とそれぞれの役割を持たせ、陸奥を連れて長州へ向かう龍馬。

ちょろちょろと顔を出していた陸奥でしたが、今回はおいしい役所でした。
嫌みなだけじゃない「陸奥の役割」が光りました。
三条実美らに話をしている様子には、吹きましたが。あれで龍馬という男を信用させるのですから、よほど話し上手だったんでしょう。後に外務大臣として、不平等条約の改正(治外法権の撤廃)を成功させたんですから、そういう素質は充分に持っていたってことですかね。

個人的に注目だったのは上川隆也扮する中岡慎太郎です。
私は上川さんが好きなもので。一体どんな中岡を演じてくれるのか楽しみにしていたんですね。
「熱血中岡」といったところでしょうか。

長州を助けている理由を龍馬に聞かれ、
「長州は強い志を持っている。それは武市さんの志と同じだ。
 自分も一切の私心を無くして、天下のために働きたい」と。
武市半平太、ここにあり。
中岡は今まで全く出ていなかったのに、土佐勤王党の出身だというのが、経歴だけでなくしみこんでくる一言でした。
やはりこれは「武市伝」だったのかと…(笑)

そして、最後に西郷が来なかった時のあの悔しさを。
地面にひっくり返ってました、中岡くん。
龍馬が暗殺されるその瞬間も共にする仲間、中岡慎太郎。
海援隊に比べて今ひとつ知名度の低い陸援隊ですが、これからの中岡慎太郎、楽しみにしています。

それにしても、この第3部の龍馬は人が変わりましたね。
「どうしたがええがじゃ!」と連発していた今までとは全く別人。
大変にカッコイイんですが、ですが、ですが。

尊皇攘夷が公武合体論を経て、いつの間にやら倒幕へと変化していくという幕末ですが。
これじゃあ、まるで、龍馬がその旗頭みたいじゃないですか。
って、実際旗頭だったんすか?

確かに「薩長同盟」は「倒幕」を前提としている。それは分かるけど。
あの犬猿の仲の薩長を結びつけるのは「倒幕」だったけれど。

「薩長同盟」も「亀山社中」も「船中八策」も、どれも龍馬の偉業だが。
それは認めるし、先見の明もあったろう。人真似じゃない策を持っていたろう。
「船中八策」や「亀山社中=株式会社」なんて発想も、彼個人の発案に拠るのだろうが。
だがしかし。
そこに「倒幕」も含めてしまうのか?
この物語の展開では、「倒幕」を言い出した(「世の中の仕組みを変える=倒幕」)のも龍馬の発案と受け取れるではないか。
間違っちゃいないよ。
でも、それはちょっとなぁ。と思うのだ。

確かにあの時点で「幕府を倒す」事を視野に入れていた人間は多くなかったろう。
現体制を変える、つまり、自身の価値観を変えるのは容易ではない。
島津久光などは、倒幕後、本気で島津将軍になるつもりだったらしいし。
それでも、ナンだかなーと思いつつ見てました。

歴史は一人のヒーローによって作られるワケではないと思っている。
時勢というものが作り上げるヒーローはいるだろうし、
また、一見するとそう見えることもあるだろうが、
それは「そう見える」だけか、或いは「そう見せている」のだと思う。

歴史は生きている人間ひとりひとりが作り上げているものだ。

龍馬の中に「倒幕」という概念がそういう形で作り上げられたというのは興味深いが、
龍馬一人が「倒幕」という概念を作り上げたわけではないだろう。
その辺が、どうも気になる物語展開だったのだな。

話としてはね、面白かった。
薩摩の西郷も、長州の桂も、土佐の中岡も、紀州脱藩の陸奥も、幕府の一橋もね。
それぞれの立場と思惑と。
それでも、それを充分に見せることはできず、とすれば、こういう展開も致し方なしなのかな~???

長崎商人はやはり妖怪♪ お慶さんと小曽根さんの会話は良かった!
龍馬を援助しているの、していないのって。
狐と狸の化かし合いだわ(笑)
龍馬達の「仲間」とは全く違っていて、「オトナ」ですなぁ。
こういう人たちから見ると、龍馬達は可愛かろうね。
必死にもがいている龍馬達だけど、実は、こういう人たちのために龍馬やら幕末志士が上手に掌で転がされたんじゃないかと思えてもきますな。

さて、一筋縄ではいかない歴史回天。
結局は何をするにも「人と人」なんだよなぁ、と思いつつ。
次週を楽しみにいたしましょう。

来週は、「狙われた龍馬」です。

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テーマ : 大河ドラマ - ジャンル : テレビ・ラジオ

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コメント

福山も老けたなあ

私は日曜にカーラジオつけながら走ってて、たまたま福山の番組があってたんですが
「穴はあけるものじゃなくて、ほがすもので、ほげるものです!」とかいう発言を聞いてから、いいやつかも? と思うようになりました。何この九州贔屓。
ほがす→人為的に
ほげる→自然に

かな? でかすぎる大根なんかにスが入ってたりしますが、それは「スのほげとっ」と言います(九州では「の」と「が」の使い方が逆)

福山も四十ですよお。
相変わらずがまだしよらすですね。
すみません大河ドラマと全然関係ない話で…

| 2010/08/03 |  07:22 | 瑠璃 #- |  URL | 編集 |

>瑠璃さま

ようこそいらっさいました♪

> 福山も老けたなあ
 えええ。そうなんですか?
 相変わらずわっかいなーと思ってたんですけど~(^^;)

>何この九州贔屓。
 私、長崎どころか九州に行ったことがないんですが、唐突に長崎に恋してしましました♪
 夫は「熊本城はカッコいいな」と言っとります。
 WE LOVE 九州♪

> 「穴はあけるものじゃなくて、ほがすもので、ほげるものです!」とかいう発言を聞いてから、いいやつかも? と思うようになりました。

 福山くんはラジオのパーソナリティとしても評価が高いですもんねー。って聞いたこと無いんですけど(^^;)
 でも、面白いこと言いますね、この人。
 私が龍馬伝を見ようと思ったきっかけの一つは、龍馬が福山くんだったからです♪

それで、ですね。↓↓

> 相変わらずがまだしよらすですね。

 意味がわかりましぇん!(>_<) ぷりぃず、翻訳!

| 2010/08/03 |  15:39 | ポトス #- |  URL | 編集 |

日本語が不自由で…

やっぱりラジオ(FMかな?)で

お昼もがまだす

という番組があったんですよ。いつも私は「昼休みにまで がまださんちゃよかろうて」と番組タイトルに文句をつけていました。

がまだす 頑張って働いている のような? 多分そんな感じ…

さだまさしさんの「がんばらんば」ってご存じですか?
この詞が理解できたら九州人!

| 2010/08/03 |  21:07 | 瑠璃 #- |  URL | 編集 |

こちらには初めてのカキコです。(宇宙図書館の方には一度おじゃまさせていただきました)
 ”龍馬が倒幕の旗頭”的な描き方について、私も疑問ですけど、ドラマだから仕方ないのでしょうか。倒幕に限らず、歴史上の大きな事績というのは、それぞれの立場・階層の人達があがき回った結果だと思うので、教科書などが○○が○○をした、とかいう書き方はよくないなあ、と思っています。
 歴史書などきちんとした記録が残っている事績でも、書いた人、その政治的背景等を考えつつ同時代の書と比較しつつ読まないと本当のところは見えてこないですし。

| 2010/08/03 |  21:08 | saya #- |  URL | 編集 |

>瑠璃さま

にゃ? にゃにゃにゃにゃ???
ど、どれもわからなーーーーい☆

きゅ、九州人にはなれないかも……(>_<)(←かも、じゃない?)

でも、これ↓笑えますね~。確かにお昼はちゃんと休まんと…(^^)
>
> お昼もがまだす
>
> という番組があったんですよ。いつも私は「昼休みにまで がまださんちゃよかろうて」と番組タイトルに文句をつけていました。
>

> さだまさしさんの「がんばらんば」ってご存じですか?
> この詞が理解できたら九州人!
 知らなかったので調べてみましたが、全然わからない(笑)
 でも、なんとなーく元気が出そうな歌っすね♪
 音源が見つからないので(当たり前かw)、図書館で借りてみます。
 みょーに聞いてみたい♪♪

| 2010/08/04 |  11:05 | ポトス #- |  URL | 編集 |

>sayaさま

ようこそいらっさいました! あちらもこちらも嬉しいです(^^)/

>”龍馬が倒幕の旗頭”的な描き方について、私も疑問ですけど、

 あ。やはりそう思われました? 私の見方がおかしいのかなぁと思ったりもしたのですが。

>倒幕に限らず、歴史上の大きな事績というのは、それぞれの立場・階層の人達があがき回った結果だと思うので、

 私もそうだと思います。
 歴史って何だろう、とこの龍馬伝を面白く見る度に思うわけでして。

 ドラマを作る前の、史実ってことに対してから疑問に思うわけですよ。
 同時代に生きていてさえ、何が真実かわからない。そして、時間が経てばたつほど事の真偽はあやふやになっていくわけで。そこに史観なんてモノが存在するわけでしょう?
 事実のみを教えていけば良いかと言うと、この膨大な時間の中から、どれをチョイスして教えるかという時点で既に史観が入り込んでいるわけですよね。大きな事で言えば、南朝・北朝なんて時代の事もあるわけでして。
 真実って何だろう、と未だ答えがでなかったりするわけです。

 で。ドラマってのは、既に制作者の意図がバンバン入っているものなのだから、何をどう扱おうと仕方ないのかな、とも思うわけです。ですが、それは一応“これは、ドラマなんすよ。フィクションなんですからね”ということが、見ている人間に前提として理解されているってことが必要になるわけじゃないですか。
 NHKの大河ドラマでしょう? ここまでするのが妥当かどうか疑問に思っています。
(ドラマとしては面白いと思いますけど)

 そこへ持ってきて、まるで一人のヒーローが歴史を回天させるみたいな扱いはどうかと思ってしまうわけです。

 ただ、今回の龍馬伝で他の方の感想に、「中岡が薩摩へ行ったり、陸奥が三条たちを説得したりとかいうシーンは、この薩長同盟が龍馬一人の力で為されたわけではないのだということが見えて良かった」というようなことを書かれた方がいらして、ああ、なるほどそうだよね、とも思ったのでした。

| 2010/08/04 |  11:27 | ポトス #- |  URL | 編集 |

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