mission終了

2010/09/04 00:19

一体幾つ目のmissionだろう?

後始末も気持ちの整理もまだまだだけど。

兎にも角にも終わった。


それでも夜は明けるのだなあ…。


まさか。
2年続けて母を見送ることになろうとは思わなかった。

人の哀しみに触れ。
人の優しさに触れ。
人は1人で生きているのではないのだ。
と繰り返し思う。


自分をきれいに捨てられる人だった。
我を捨てることができると、人は他人に生かされる。

美と愛とが重なり合うわずかな瞬間を捉えるのが、生きがいだという叔父が言った。


明日もまた晴れるのだろう。

よもやま  | コメント : 2  | トラックバック : 0 |

コメント

お別れのときに
悲しんでもらえる方、さびしいと思われる方。
精一杯、ご自身の人生を生きて
周りのかたがたにも愛された方なのだろうと思います。

ポトスさんのような優しいお嫁さんに背中をさすってもらって
かいじゅ・・・じゃなくて元気なお孫さんにも恵まれて
おかあさまはきっと、きっとお幸せな気持ちで旅立たれたのではないでしょうか・・・

残された側はなにかと思うところあるし
すぐに心が凪ぐこともないかもしれない
ただ、それほど愛された方の人生は
きっときっと素敵なものだったに違いない
そう思うのです

泣けるときに泣く
これはとても大事なこと

今でも覚えています
母が亡くなったとき
私にはなんなのかイマイチわからなくて
枕辺に集まっていた大人たちが泣くのが怖くて怖くて・・・
それから私は心を十分に開くことができなくなりました。
やっぱり母親って偉大ですよ、あんまり早く召されるのはいかんです。

ポトスさん 気持ちが晴れなくてもそれはそれでいいし晴れたら、それもそれでいい。

おかあさんの面影を懐かしく思い出せる限りおかあさんは生き続けているのだから。
(面影を覚えていない私なんて悲惨です~)

| 2010/09/07 |  23:56 | 瑠璃 #DjKfH0pw |  URL | 編集 |

コメありがとうございました

>瑠璃さま

 お別れというのは、本当に淋しいですね。
 でも、もういないのだという事実にまだ実感が持てません。
 帰ったら「おかえり」と迎えてくれそうです。
 一緒に住んでいたわけではないので、余計なんでしょう。

 ただ、もうあのお菓子を送ってくれる人はいないのだな、とか。
 あのお野菜はもう食べられないのだな、とか。
 そろそろ電話しなくちゃと思う必要はないんだな、とか。

 考えると淋しいです。

 いろいろな生き方があると思いますが、母たちのようにきちんと生活しなければ、とは思います。
 日常をきちんと送ることは、なかなか難しいですな。。。

| 2010/09/14 |  09:41 | ポトス #- |  URL | 編集 |

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