胡蝶の夢:更新情報『TO YAMATO』 03

2010/12/23 19:00

胡蝶の夢~夢の覚え書 を更新します。
宇宙図書館の「BOOKFAIRno.5 Xmas&NewYear petit特集」に参加しています。

『TO YAMATO』
ヤマト時代になる前の、真田志郎を中心とした物語です。
相変わらずオリジナルキャラクター満載ですのでご注意ください。

今回準備不足で、しばらくblog連載という形にしますので、どうぞお付き合いいただければ幸いです。


 序 章 : この丘の向こうに   (1)
 第1章 : めぐり会い
       (1)(2)←
 第2章 : 夢はかなたへ     (1)(2)(3)(4)
 外 伝 : 星下之宴       (既出) 【以下未定】




      第 1 章  - めぐり会い -

(武士のお題:no.29「天泣」)

 =2=

 「とにかく、中へ入んな。手当てをしてやる」
 そう言われて、丹沢製作所と書かれた扉をくぐった。
 槇(しん)は慣れた様子で店の中へ足を踏み入れたが。
 あの騒ぎに動じなかった真田の足が、入り口で竦んだ。


 油の匂い。
 研磨機の音。
 人工筋肉の軋む音。
 棚や作業台の上には、まだ骨格のみのものが無造作に置いてあった。


 そこは、義肢装具を製作する工房だった。
 職人らしい頑固そうな老人がひとり、こちらを見もせずに作業を続けているのが目に入った。

「源先生、こんにちは」
 槇の声に答えたのは、老人ではなかった。
「あれ、槇? ごめん、もうそんな時間だった?」
 作業台から顔を上げ、ゴーグルをはずしたのは、同じ年の頃の少女だ。
「黎那(れな)! やっぱりこっちだったんだね」

 槇が親しげに近づき、手許を覗き込む。
「何やってるの?」
「関節部の玉磨き」
「へえ。すごいね。上手くなったじゃない」
 少女から球を取り上げ、矯(た)めつ眇(すが)めつ槇が言った。
「――それは嫌み?」

 プッと先ほどの男が吹き出した。
 槇の手先の器用さは並みではなかった。長じて、『神の手』と評されるようになる程に。

「そうじゃないよ。本当に上手くなったって。すごく綺麗な球体になってる」
「――あんたに言われてもねぇ」
 納得しきれない表情は照れ隠しなのかも知れない。少女の目は笑っていた。


 「そんな処へ突っ立ってないで、中へ入んな。今、手当をしてやるから、上着は脱いでおきな」
 部屋の中央にある作業台を男が片付け始めた。
 促され、入口で呆然としていた真田が我に返り、落ちつかない様子で歩き出した。

 机で作業をしていた老人の手が止まり、歩き出した真田の姿を一瞥すると、目を細め、眉を顰めた。

 「政之(まさゆき)さん、さっきはありがとうございました」
 槇が礼を言った。
「そんなことは構わねえこった」
 だがな、と政之は言葉を切った。
「あのなあ、槇。前にも言ったろう。ここへ来るときゃあ、そんな形(なり)で来るんじゃネエよ。おめえは絶好のカモにしか見えネエんだぜ」
「――すみません。もうそろそろ大丈夫かと思って…」

 槇は、ぽりぽりと頭を掻いた。
 困ったように薄茶色の瞳で見上げる姿は、当にカモがネギを背負った姿にしか見えねえ、と政之は思う。

「お前――。ここへ何度も来ていたのか?」
 槇の横に立ち止まった真田に、驚きの表情が張り付いていた。


 「おい」

 突然に肩を掴まれ、真田がびくりと振り返った。
 老人が、上目遣いに睨むように立っている。
 真田が一歩後ずさる。

 一見、何の変哲もない、どこにでもいるような小柄な老人であった。どこにそんな力が潜んでいるのか、相対する者を圧倒するだけの迫力を備えていた。その上、顔の下半分は髭に覆われており、今ひとつ表情がわかりにくい。

「上着だけじゃねえ。シャツとズボンも脱ぎな」
 真田の表情が、動いた。
「俺の工房へやってきて、そんな釣り合わねえ手脚のままでけえせるかよ」
 老人はそう言い放ち、奥の扉へと姿を消した。



 「やっぱりね」
 槇が大きな溜め息を付いた。
「槇。お前、時計を取りに来たというのは嘘だったのか」
 ムッとした表情が、露わになる。
「それは本当」
 返事をしたのは、黎那(れな)と呼ばれた少女だった。真田がぎょろりとそちらを見やった。
「隣の『藍刻堂』って時計店がウチなの。今日は技師が出かけているからね、あたしが槇の時計を預かってる。何しろ、槇はウチのお得意さんだもん」

 少女が立ち上がった。
「ふうん、面白そうな人だね」
 黒目がちの大きな瞳でジッと見つめられ、思わず真田は身を引いた。

 黎那は愛くるしい顔立ちをしていた。滑るように肌理細やかな白い肌に、ふっくらとした赤い頬と赤い唇。まるでショウウィンドウに飾ってある人形のようだ。
 だが、きらきらと輝く、好奇心旺盛そうな瞳が人形ではないのだと主張していた。
 大分、小柄だった。
 といっても、実際には平均的な身長であったろう。だが、並はずれた長身である真田には、やけに小さく映った。

「あたしは、藍澤黎那(あいざわ・れな)。槇と同じ高校のクラスメイトよ」
 まるでゼンマイ仕掛けのアンティークドールのようだと思い、つい背中にゼンマイを巻く鍵がないかと探してしまった。
「あんたは何者?」
 促されてハッとした。
「俺の名は、真田志郎だ」
 こいつ、と槇を顎でしゃくって。
「こいつとは、古い付き合いだ。家が近所でね。もっとも、今は寮住まいだが。俺は地球連邦大学総合科学科在籍、18歳」
 よろしく、と差し出された右手を、黎那が握り返した。

「――なるほど、ね」
 黎那が言った。

「あんたの手足が合っていないことは、あたしにだって分かるよ。よくこんなになるまで放って置いたもんだね。動きにくかったでしょ?」
 と言われても、急にこの状態になったわけではなく。少しばかり、メンテナンスを先送りにし続けた結果がこうなわけであり、自分でもそろそろまずいなとは思っていた処だ。
「まあ、本人にしてみれば、単に一日延ばしにした結果なんでしょうけどね」
 言い当てられ、言葉に詰まった。
「今日は覚悟した方がいいよ。たぶん、簡単には帰してもらえないから。源先生は自分の身体を大事にしないヤツは大っ嫌いでね。
 でもその代わりにね、ここを出る時には生まれ変わったみたいに動きやすくなっているはず。何しろ、ここは、このメガロポリスで一番腕の立つ、義肢装具工房だもん」
 黎那の言葉に、槇が大きく頷いた。
「もっとも口の悪さも天下一品だけど」
 黎那はクスクスと笑った。
「最高のクリスマスプレゼントを貰うための我慢だね」
 そう言って、片目を瞑ってみせた。

 慌てた真田が工房をぐるりと見回すと、政之と目が合った。
「政兄(まさにい)は源先生の一番弟子だよ。勿論、腕は折り紙付き」
 よろしく、と政之が両手を広げると、四角い顔の中、小さな目が細くなった。厳つい顔が急に優しげになる。

「おい、若えの。とりあえず、こっちに付け替えてみな」
 奥の扉から、義肢を手にした源一郎がのそりと姿を現した。


               ********

 丹沢製作所と出会ったことで、真田は己れの身体の制約から解放されることになる。

 神出鬼没と謳われた天才科学者のその活動を可能にしたのは、間違いなくその秀逸な義肢の存在であった。
 真田は生涯にわたり、己れの生命線とも云える義肢の製作を、この丹沢源一郎とその一番弟子である、光本政之(みつもと・まさゆき)に委ねた。その信頼は一度として揺るがなかったと云う。

 そして、丹沢製作所で培われた技術は公開され、幕を開けた宇宙開発時代を支える礎のひとつとなった。


               ***********

 「ウチの界隈で騒ぎに巻き込んだ詫びだ」 
 クリスマス・イブの朝、真田は芸術品のような四肢を受け取った。

 今までの義肢とて、特に不自由を感じていたわけではなかった。そういうものだ、と思っていたのだ。だから、新しいそれが自分用に調整されていくのを、ただただ驚愕の思いで見ているしかできなかった。
 技術の差を改めて見せつけられた。
 高度な技術が、可能性をもたらした。
 深々と頭を下げ礼を言う真田に、源一郎は相変わらずの愛想無しで、ふんと横を向いただけだ。

「あ、雪」
 黎那が嬉しそうに窓辺に走り寄る。だが、見上げた空は真っ青で、雲ひとつない。
「風花かあ」
 それでも黎那は嬉しそうだ。

 この街には、めったなことでは雪が積もることはない。

「お天道様だって、時にゃ笑い泣きされるんだろうよ」
 珍しく、源一郎が笑みを浮かべて青空を見上げ。さあて、今日も仕事だ、と奥の部屋へと姿を消した。
 その後ろ姿にもう一度頭を下げ、真田は真新しい手をギュッと握った。


 そして。
 今までに味わったことのない自由を手にした真田は、ひとつの決意を実行に移した。



 数か月後。
 3人がそこで顔を合わせたのは、果たして偶然か、必然か。

 宇宙戦士訓練学校の入学考査であった。

2010.12.20 written by pothos




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