桃の節句

2011/03/01 08:20

3月になりました。
我が家には可愛い女の子はいないので(妖怪オババがひとりだけ)、お雛様がありません。

数年前、義母のお友だちの作ったというお雛様を、お姉さんとお揃いでもらいました。
はっ。飾らなきゃいけないぢゃん! しまった。何処へ仕舞ったっけかな?

昨日、お雛様のかわりに桃の花を買ってきて、玄関に飾りました。
私は美的センスがない上に、お花もお茶も習わなかったので、お花を飾るのはもの凄く苦手です。
だから、鉢植えの方が好きなんですけど、鉢植えは枯らしてしまうというだらしなさ(^^;)。
うう。生き物係は苦手です。

それでも玄関にお花があると気持ちが明るくなるので、なるべく欠かさないように飾ろうと、実は今年の年頭に決めたのでした(笑)
今まではフリージアが飾ってありました。黄色いフリージアです。
今は、桃の花と菜の花。綺麗です^^。

わ、時間がない! 続きは仕事の後で。⇒ということで帰宅したのでした。

○年前まで山陰地方に10年間住んでいました。
良い仲間に恵まれ、楽しく育児に明け暮れた時間は、助けたり、助けられたり。
一方的に助けられるばかりでなく、自分にもちゃんとできることがあり。
一方で、困ったときにはお互い様と、とてもとても助けてもらったのです。

結婚して長男を出産したとき、周りに知り合いはひとりもいず、公園デビューも上手く行かず、私は育児ノイローゼの境界領域をうろうろしていました。目の前に「境界線」がくっきりと見えました。虐待事件が報道される度に、「ああ、この人はこの一歩を越えちゃったんだ」と思いました。
私にとって「境界線」までの距離は、冗談でも大袈裟でもなく「あと一歩」という感覚だったのです。

ちょうど同じ年の子どもを持つ高校時代の友人と、超長電話をしました。
休日で夫がいる日以外、毎日毎日、数時間。
あの頃の電話代はとんでもない金額で、私はとても夫に言えず、自分の口座から引き出して払ったこともありました。^^;
でも、あの電話があったから、私は「境界線」を越えずに済んだんです。
ずっと友人には感謝していますが、もしかして彼女もそうだったのかも、と最近になって思うようになりました。きっかけや想いは違ったかも知れませんけれど、彼女も何かしら抱えていたから、毎日毎日付き合ってくれたのかもしれない、と。

山陰地方へ引っ越して、元気いっぱいな長男のお陰で友達作りは大成功だったし、次男がいてくれたお陰で、長男のあれこれもさほど気にならなくなっていましたし。
ゆったりと流れる時間の中で、私たちは楽しい時間を過ごしました。
――勿論、あっちこっちに頭を下げるような喧嘩やいたずらは、いっぱいありましたけどね(笑)

かの地方では、3月の節句にお雛様だけでなく、「天神様」を飾ります。
これには驚きました。男の子の為のお飾りです。
長男はどっしりと家を守ることができるように、とお座りになった天神様。次男は、自分の足でしっかりと歩くことができるように立ち上がった天神様。そんな風に聞きました。

友人の家には、お姉ちゃん2人にそれぞれの七段飾りのお雛様が、お兄ちゃんと弟用に、それぞれの天神様が飾ってあり、8畳二間の部屋が、お人形で一杯になっていました。
すごいでしょ?

11月の七五三では、「日本国中の神様が出雲大社に集まっとらいいけん、余所ではみんな空っぽのお社を拝まれとらいい」と土地のおばあさんが仰ったのを聞いて、「すげーーー」と思ったものです。結婚式も、大社で挙げられる方は多いんです。昔ながらの土地に誇りを持ち、けれど新しく訪れた者も受け入れてくれる懐を持った、とても素敵な土地でした。
私は、誰とも何を比較するでもなく、子どもたちと笑い、叱り、愚痴を言い、10年を過ごしました。
子育ては一人でするものではない、と実感させてくれた仲間たちのいる場所です。

桃の花の季節になると、広いお部屋に飾られた雛人形と天神様を思い出します。
春休みには、高校進学を控えた次男と一緒に、合格の報告に行ってくるつもりです。
みんな、今頃は最後の一踏ん張りで頑張っていることでしょう。

おーーーい。みんな、頑張ってねーーー!

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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