40年間ありがとう

2011/04/11 11:01

ユキヤナギが綺麗でしたが、そろそろ見納めでしょうか。

とても可愛らしい小さな白い花が、びよん、と伸びた細い枝にびっしりと咲いています。
小さな丸い葉っぱも可愛いです。
傍を歩くと、決して甘くはない、でも花の香りが漂ってきます。

実家の庭で、今年も咲いているでしょうか。
子どもの頃、ユキヤナギの花を摘んだことがあります。
摘んだ? いや、とったというべき? むしったというべきかも。
枝の途中を親指と人差し指で摘み、しごくようにして一気に枝先へ向けて手を引くと、小さな花が掌いっぱいにとれます。

「お母さん、見て見て! ほら、綺麗だよ!」
私は母に向かってその小さな花の塊をまきました。

小さな白い花は、雪のようにひらひらと母の前で舞った後、地面を白く染めました。

母にこっぴどく叱られたのは言うまでもありません。
何しろ私は母を喜ばそうとして、何本もの枝から花をむしりましたから(笑)

今でもユキヤナギを見ると、その時の割烹着を着た母の姿を思い出します。

そういえば、若い頃の通勤路にもユキヤナギが咲いていました。
それは「群れ」とも言えるほどに大きなユキヤナギで、まるで挑むように花を咲かせていたものです。

沈丁花の白。
ハクモクレンの白。
辛夷(こぶし)の白。
ユキヤナギの白。
チューリップの白。
パンジーの白。
もう少しすると、スモモも白い花をつけますね。

同じ白でも、みんなそれぞれに色が違っていて。
でも、どの白も、どの花も、私は好きです。

**

ええと。たつらーと呼んで頂いて結構です。^^;
はい、内田樹氏のblog紹介。

 内田樹の研究室 2011.04.08エントリー 原発供養

衝撃でした。

前回の「荒ぶる神の鎮め方」からの続きで、
それぞれの社会集団は、「恐るべきもの」と折り合うために、それぞれ固有の「霊的作法」を持っているという話だった。
日本人は外来のものを排除せず、それを受け容れ、「アマルガム」を作る。
(blogより抜粋)
という話で、私は彼の言う「霊的なものの鎮魂」に興味を持っていたのですが、衝撃を受けたのはそこじゃありません。(興味深かったですけどね)

橋口いくよさんの仰る「40年間ありがとう」です。

内田氏の文章をそのまま引用します。

40年間、耐用年数を10年過ぎてまで酷使され、ろくな手当てもされず、安全管理も手抜きされ、あげくに地震と津波で機能不全に陥った原発に対して、日本中がまるで「原子怪獣」に向けるような嫌悪と恐怖のまなざしを向けている。
それでは原発が気の毒だ、と橋口さんは言った。
誰かが「40年間働いてくれて、ありがとう」と言わなければ、原発だって浮かばれない、と。


(中略)

ばかばかしいと嗤う人は嗤えばいい。
けれども、触れたら穢れる汚物に触れるように原発に向かうのと、「成仏せえよ」と遙拝しながら原発に向かうのでは、現場の人々のマインドセットが違う。
「供養」しつつ廃炉の作業にかかわる方が、みんなが厭がる「汚物処理」を押し付けられて取り組むよりも、どう考えても、作業効率が高く、ミスが少なく、高いモラルが維持できるはずである。


その通りだと思った。
「原発怪獣」にむけて、私は嫌悪と恐怖の眼差ししか持っていなかった。

私の今までの生活を支えてくれていたのは「原発」だったんだよね。
楽しかったことも。
便利だったことも。
家族を照らした明かりも。
友だちに会いに行った電車を動かしていたのも。
こうしてネットができるのもね。
みんな電気が潤沢にあったからで、それを支えていたのは原発だったんだ。

そんなこと、私は考えてもみませんでした。

衝撃をうけたまま、橋口いくよさんのblogを読みました。

橋口いくよオフィシャルblog MahaloAir
03.16エントリー 心で冷やしてあげたい

二度とこんなことがないように

しなければならないからこそ

ありがとうと伝え

原発にたよらない日本に

していかなければならない。


そのためには

私たちがみんな元気で

暮らしていける日本で

なければならない。

だから

穏やかな気持ちで

今日も祈ります。
(blogより抜粋)

橋口さんの仰ることが、私の中にすとんと入ってきた。
原発の事故以来持て余していた畏れが、ふわりと地面に着地したように感じたのです。

04.09エントリー お家お花見と日本人な私

地震が来ても

なぎ倒されなかった

さくらは

咲いてくれます。


自分の役割を

果たせば愛され

でも

愛されるために

咲いているわけじゃ

ないんだろうし。

それに

咲かなくても

桜を呪うものはいない。


ある日

桜がひどいめにあって

猛毒を吐きはじめたら

人は桜を呪うんだろうか。


ごめんなさい

大事にしなくって

あんなに楽しませてもらったのに

毎年元気をくれていたのに

あなたが咲くのは当たり前だと

思っていました。

どうか穏やかにと

祈るんじゃないかなあ。

(blogより抜粋)

読んで、呆然としたんです。
そうだよね、そうだったよね。うん、きっとそうだと思うよ、って。

こんな風に思える橋口さんてすごい、と思ったし、
それに理論武装しちゃう内田氏もすごいです。


「ハタハタ」としていたポトスですが(笑)。
何かしなくちゃ、とか。
何もできない私なんて、とか。
そんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまって。

うん。私も一緒に祈ろう、と思っています。

毎日、祈っています。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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