訃報:児玉清さん

2011/05/18 00:57

突然の訃報に接し、まだ信じられない気持ちでいっぱいです。

 KiyoshiKodama OfficialWebSiteより 【訃報】児玉清逝去のお知らせ

 navicon 【訃報】アタックチャーンス!児玉清さんを遺作「龍馬伝」などのドラマで偲ぶ。

好きな役者さんだったんです。
紳士的で穏やかそうな佇まいと、知的でウィットに富んだ会話。
そんなイメージが強くて。

「アタックチャーンス!」がまず最初かな。
だから、子どもの頃はこの方は何を本業とされているのか深く考えなかったくらい。


「かっこええ~」と思うようになったのはいつ頃からだったのかな。
昨年のNHK大河『龍馬伝』では、龍馬の父・坂本八平役をやってらして。
龍馬はこの父親を越えられないんだろうなぁと思ったものです。

昨年、つまり2010年11月25日。横浜で行われた図書館総合展、というものに参加しました。
一番の楽しみは、児玉清さんの講演でした。
「面白冒険小説と僕の人生」
というタイトルで、その多彩な読書歴とご自身の人生を語ってくださいました。

西欧諸国の文学をとりあげつつ、「経済活動が活発になってくると、人間性が複雑になり小説が面白くなってくる」と。
ご自身がお好きなのは「面白小説」で、それは人生読本だと仰る。悪いヤツは必ずいる、どうやって個性を発揮するか、等そこには他人の面白さがあると仰ってました。

俳優としてスタートされた頃の逸話なども、面白く。
また、黒沢監督の緊張感だとか。

「俳優は地面にはいつくばるような仕事だ。恥をかくことが商売。恥をかきなさい、泥まみれになることも必要」だと。

印象的だったのは、
「ヒトはいい加減な事を言っている。その証拠に言った方は忘れてしまうことが多い。けれど、言われた方は忘れない」
という事だったのだけれど、これは受信能力の事何じゃないかと。
つまり、誰かに何かを言われた。言った方は忘れてしまうような些細な事にも。そこから何を得ようとするのか、得られるのか、それが肝心な事なんだ、と仰っているのではないかと思いました。

コンピュータがもたらすのは浅瀬の社会だと。
映像社会=受け身の社会であり、そこでは見ているものしか現実じゃない。
本を読まないと言うことは、文学による想像を培ってきていないということ。

文学が虚学だからこそ、数多の人生や人生訓を疑似体験できる。
生まれてきて誰に生き方を教わるのか?
どう生きるかは、本が教えてくれる。
そこには、世の中の全てが込められている。
フィクションを読むことで、初めて現実が得られるのだ。
文学によって、想像力を、裏側を見通せる力を鍛えなさい。

そう仰っていました。

NHKの週間ブックレビューにもご出演なさってらっしゃいましたが、その頃、自宅ではBSを見ることができなかったのでこの番組を見たことがありませんでした。ですから、児玉さんが会場に出ていらしたときに、お髭があったのでびっくりしたんです。

で、以前にも書いたと思いますが、第一印象は「すけべじじい」みたい、でした(笑)
これは私の低俗な脳みそが引っぱり出してきた言葉であるわけでして、
「うわーっすごいっ。役者さんてこの年齢になっても、こんなに色気があるんだっ!!」
って思ったんです。それほどに、強いオーラを持った方で。

会場の机の前で、片手にマイクを持ちながら、片手をズボンのポケットにツッコンで、淀みなく、絶え間なく喋り続ける。
『龍馬伝』の八平さんの印象が残っていたんでしょうが、割と受け身の物静かな方だと思っていましたから、驚きました。

役者さんを何十年と続けてらして、未だ現役なんですから、そんな枯れた方の訳がないんですが、初めてお目にかかって私は圧倒されてしまったんですね。
役者ってすげーーーーって。

たぶん、どうやって立っていればご自分の魅力が一番引き出されるのかご存知なんでしょうね。
あと1か月で77歳だとは思えませんでした。
とにかく素敵なんですもん。「かっこいーーー」とずっと見とれてました。

だから。
まだまだ、これからもご活躍くださるんだと、信じていたんです。

この世代の方が、どんどん居なくなってしまって本当に淋しいです。
30年という年月の差が、これ程に恨めしいとは思いませんでした。

大好きでした。

ご冥福を心からお祈りしております。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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