「JIN」と古代と沖田と真田。(笑)

2011/06/22 20:19

つい、うっかりと。うっとりと。

ようつべで、技師長のご尊顔を拝す。

おはようございます。^^
と挨拶したものの、画像は何故か「さらば」の動力炉。

か、かっこいい…!

と思うものの、がっつりと切なくなってしまった。
朝からなにしてんねん、私(笑)。

今日は、空が蒼いねえ。

***

仁先生を見ていると、古代くんと似てるなぁと思う。

自分がそこに存在することの意味を見出せなくて、いつまでもうじうじぐしぐしと悩んでいて。
でも、肝心要の時には、真っ直ぐな心根とそれを発揮できるだけの実力を持っているから、周りからは慕われるし、可愛がられるし、フォローもしてもらえる。それこそ、命懸けで。
もちろん、本人も自分の事なんて顧みずに行動しちゃって。
そうやって問題が解決しても、その度に自分で新たな問題を見つけだして、また悩む。

ほら、古代進じゃない?

そう思ったら、ああそうか、こういう風にみんなが古代くんに惹かれるんだなあ、と妙に納得してしまったのでした。

みんな、古代くんが好きなんだねぇ。(^^)

わははは。^^;
今更何言ってんでしょーね(笑)

上の話をしたら、「んじゃあんたは宇宙戦艦ヤマトでは、古代進の魅力に気が付かなかったと言うことかね?」と白い目で見られてしまって。

あはははははは。
と笑って誤魔化そうとしたポトスでした。

ええ。
私の場合、技師長の魅力で目が眩んでいると思って、どうか多めに見てやってください~。

でも実際の処、今まで、古代進の魅力ってのがイマイチ理解できなかったんです。
純粋とか、真っ直ぐとか言われる資質が、すごく子どもっぽく映ったんですよ、私には。
古代ファンの方、石投げないでくださいよ~~~(懇願)。

ガミラス星でね、「俺たちは戦っちゃいけなかったんだ!」って言ったでしょう、古代くん。

それを聞いて、ぷっつんしちゃったんですよねぇ。
「今更、それを言うかっ!?」って。
「考えもせずに戦ってきたのか!?」とか「戦艦相手ならその感傷はなしで、星が相手ならそうなの!?」とか。
子どもの頃の私には、あの一言は、彼の甘さと子どもっぽさにしか見えなかったんですよね。

でも、何も考えてないわけないのにね?

子どもだったのは、私のほうでした(汗)。

「仁」の最終章・前編で、治療の甲斐なく龍馬が死んでしまったとき、仁先生ってばすごい大泣きしたんですよ。人目もはばからず、「うわあああああ」って。
大の男があんな風に声をあげて泣くところって、普通見ないじゃない。

仁先生って古代くんみたいだよなぁってのは、第一部の頃から、ずっと思っていたんだけど、あの泣き姿を見た時に、あぁそうか。古代くんにはこういう魅力があるんだなぁと、ここにみんな惹かれるんだなぁと、妙に頓珍漢な事を思ってしまったわけですが、すごくストンと気持ちが落ち着いたような気がしたんです。

みんな古代くんをリーダーとして頼っていたわけじゃなかったのね。
って言ったら誤解があるか。

えーとですね。
ある意味リーダーではあるんだけど。

あの、古代くん特有の、事に際した時の真っ直ぐな資質は稀有なものであって、周りにいる人間にとっては、仕方のないことだと舵をきってしまいかねない弱い自分を奮い立たせてくれるものなのかもしれない。

正しいかどうかはわからないけれど、間違ってはいない道へと導いてくれる存在。

言ってしまえば、戦場でリーダーに求められる資質ってのは、部下を理解して適材適所でつかえるといった類の能力ではなくて(いや、それも必要ですけどね?)、ましてや、リーダー自身が何か優れた能力を持っている(例えば、白兵戦で強いとか、優れた戦略を使えるとか、艦載機の操縦が上手いとか)事でもなくて。

もっと大きな「任せて置けば安心」みたいな信頼感なんじゃないかと。
それは、「何かができる」とか「経験がある」とかいった類のものとは、質の違うものだと思うんですね。

古代くん自身は、それを沖田艦長の中に見たから、沖田艦長を父のように仰いだし、沖田艦長のような艦長像を目指していて、でも自分はそれに遠く及ばないから自分はダメだと悩むわけでしょう。

もちろん、周りの人間だってそういう意味で沖田艦長をリーダーとして信頼していたけれど、古代進の中にも、同じものを見て取っていたんじゃないだろうかと思うわけです。
それは器とか経験とかではなくて、核になる何かじゃないでしょーか。
だって、歴戦の勇者である沖田艦長と、たった18歳の若造が同じであるわけはないですもんね。

例えば。

暗闇の中で迷う時。

遠くに見える確かな光が、沖田艦長で。
それを目指しているもう一つの小さな灯りが、古代進なわけです。

その周りに真田が、島が、南部が、相原が、太田が、徳川が。
たくさんの仲間が、その小さな灯りを失わないために集まってくる。
沖田(或いは、沖田が目指した何か)という目標に向かって。

最初のイスカンダルへの旅で、沖田艦長は古代くんの中にある小さな光を見つけた。
その光を絶やさなければ、きっと周りの人間が何かを補いつつ前へ進めるだろうと。

そんな風に思ったんじゃないかと。

つまり、真田さんも島くんも、盲信的に古代くんを信頼していたわけじゃないんだろうと思うわけです。

そうしたら、真田さんが古代くんを「弟のように思っていた」という述懐が、とてもストンと胸に落ちた気がしました。

沖田艦長の志は、皆が継いだ。
後を継ごうとしたのは、古代くんだけじゃないですよね。
でも、それはとても嶮しい途であって、ともすれば折れてしまうこともあるかもしれない。
そんな時に、古代くんの中にある光がみんなを照らしてくれるのかもしれない。

大袈裟に言ってしまえば、古代進はその光さえ持っていれば、後は何もできなくてもいいのかもしれない。
自分では何一つできなくても、周りがその光を大切に思い、手助けをしてくれるでしょう。

実際には、古代進が何もできないわけじゃないですけどね。

真田さんは、自分のできる事を模索しながら生きて行くんだろう。
決して古代進の後を付いていくわけではなく。
けれど、古代進の姿を見失わないようにしながら。
彼は、ひとりで、彼の途を歩いていくのだと思う。
沖田の志を明日へと繋ぐために。

それが、真田志郎と古代進と沖田艦長の関係なんじゃないかと思ったわけです。

「JIN」の最終章を見ながら、実はそんなことを考えていた、邪なポトスです。
虚け者め、と笑って許してやってください。(_ _;)

ちゃんちゃん。

ヤマトのこと  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する