山越え

2009/02/10 21:33

ここ半年くらい、いろんな事があったなぁ、と思う。
最初の山場は越えたんじゃ無かろうか、とふと思ったもので(^^;)。

まぁ、いろいろあったとはいえ、家族が寝付いてしまったわけでもなく、怪我したわけでもなく、食うに困るほどのこともなく。そう思えば、単に私がてんぱってただけ、とも言えるのかも。

そんな時に、たくさんの人にいろいろな言葉をかけてもらったのは、本当に嬉しかったです。
その気持ちわかるよ、とか。
それは相手が悪いっ、と怒ってくれたりとか。
大丈夫だよ、って言ってくれたりとか。
あんたのこういうところは、いいよね、とか。
自分に非がないわけじゃないのはわかっていても、とってもとっても落ち込んでいるときには、ほんの少しの慰めの言葉が勇気や頑張りをくれたりする。

身近にいるからこそ、わかってくれることもあれば、関係が遠いからこそ分かってもらえることもある。
人間、ひとりじゃないよねぇ、と幾度思ったかわからない(;_;)

この処、といっても半年とか1年とかいう期間なんだけど、自分の立脚点というものが揺らぐときがある。
私って何者よ? と言う問いに、自分で答えられない。

私は長い間専業主婦だった。
その間、私という者を規定していたのは「息子たちの母親」ということだった。
一日を家事と育児に費やし、お母さん同士の付き合いをし、息子の通う学校のPTAの活動をし、地域の活動にも積極的に関わってきた。
その中に、「私はこう考えて、こう行動するぜ」とやってきたつもり。

だがしかし。
夫の転勤とともに、長年住み慣れた土地を離れ、当然友人とも離れた。
「母親」としてやってきたいろんな活動も、そろそろ私の手を放れる。息子たちは、親を介さずに自分のネットワークを作ってゆく。

溺れる者は藁にも縋る、というか、棚からぼた餅、というか、大変ラッキーなことに、現在の職を得る。喩え、非正規雇用者であったとしても。
そして、ネットにも居場所を見つけられた。
そこでの自分は、「母親」として活動しているわけではない。

「母親」としての役割はなくなることはないけれど、今の私がそこに立脚点を持ってしまうと、何かが違ってしまう。けれど、「これで食ってるぜ」と言えるものもなく。「主婦だ」というには、お粗末な家事運営である。

これだ、という立脚点を持たない私は、少しずつ寄せ集めたものの上に立っているのかも知れない。
それが、私の人生なのかな、なんて思ってみたりする。
どうにも中途半端だけれど、ま、それでもいいんじゃないか、と思ってもいる(^^)。

何ができるかな。
そう思っている間に、人生が終わってしまう、という可能性が高いけどさ(笑)
自分が受け取ってきたものを、どうやって社会に還元していったらいいんだろう。
そんな事を、たまーに考える今日この頃であります。

*****
ねーさまのブログではっぱをかけられておりましたが(^^;)、何とか1つは仕上がった、と思うです。
そうしたら、病床にあるねーさまが、プレゼントをくださいました<逆だろ、フツー<ポ。

三日月小箱さまで公開してくださった、拙作『祈り』ですが、たくさんの方のお目に触れたようで、誠にありがとうございます。
そこに、綾乃さまが素敵な「あとがき」を付けてくださいましたので、是非、そちらもご覧ください。
綾乃さま。紗月さま。いつも、ありがとうございます<(_ _)>

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世の中、明日は休日ですが、ワタクシお仕事でございます。
ですが、愚息の誕生祝いに夫がお寿司を握るそうです。らっきー(^^)v

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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