菜の花忌

2009/02/12 21:00

本日2月12日は菜の花忌である。
作家、司馬遼太郎氏の命日だ。

初めて司馬さんの小説を読んだのは、中学生の時だった。
山岡荘八氏の『徳川家康』を読んでいた私に、従兄が「面白いから読んでみ」とくれた『竜馬がゆく』。
めっちゃ面白いじゃん! と思った私は、以後、延々と司馬さんの小説を読み続けた。
『街道をゆく』等の紀行文はほとんど未読だが、小説と呼ばれるものはあらかた読んだはず。
随筆や、特集も、結構読んだ。

新撰組が大好きだったので『燃えよ剣』は何度読んだかわからないくらい。
勿論『竜馬がゆく』も好きだけど、『国盗り物語』や『菜の花の沖』『関ヶ原』『梟の城』『花神』『新史 太閤記』『世に棲む日々』『酔って候』……ダメだ。あげていったらキリがない(笑)。どの話も大変好きなのだから。

とはいえ、全部を繰り返し読みするわけじゃない。
繰り返し読むのは、『燃えよ剣』と『胡蝶の夢』だったりする。
私は何故か、松本良順と勝海舟という人が好きで、順天堂大学を初めて見たときも「おぉ。佐藤泰然の学校だ♪」(佐藤泰然は、松本良順のお父ちゃん)と感慨深く思ったものだった(^^;)。
仕事が休みの今日も、菜の花忌に何か読もう、と思い『胡蝶の夢』を手に取った(笑)

私がこの菜の花忌を忘れないのには、理由がある。
ちょうど13年前の2日前、私は次男を産んだ。
蛙みたいな鳴き声の我が子を見つつ、食事にしようとテレビを付けた。
そこに「訃報 司馬遼太郎氏。享年72歳」とでかでかとテロップが流れたのだ。
「うっそーーーーーーーー!」
産院の病室で、私はでかでかと叫んでしまった。

産後疲れているときは、目に悪いから、新聞・本・テレビは御法度。と母にきつく言われていたし、実際、「眠れるのは病院にいる間だけ」というのは、長男の時に経験済みであるからして、それまでのポトスはひたすら眠り続けていた。
がっ。
その日から、こっそりと「特集」「追悼番組」を探し回ったのは当然の成り行きである(^^;)。

「司馬史観」と呼ばれるそれは、中高時代の私を熱狂させるに充分だった。
トラック一杯分の資料、と言われるその知識の膨大さに、世の中の作家という人たちの凄さを感じたりもしていた。
司馬氏自身は、その著作を「フィクションである」と規定していたと記憶している。
膨大な資料に基づき、“史実”を織り交ぜつつ、彼の築いた世界に魅了されていた。
「司馬遷に遼か及ばず」として付けたというそのペンネームから、私は、娘が生まれたら「遼(はるか)」と付けようと思っていた。(怪獣しか生まれなかったけど・笑)

もっとも。いくらフィクションとは言え、日本史の勉強に如何に役立ったかは言うまでもない。
私の日本史の元は、司馬氏の作品群と大河ドラマを初めとする時代劇なのだから(笑)。
(ちなみに、某ねーさまのところの時代劇談義に参加しなかったのは、相手が“上杉謙信”だったからである。私、上杉謙信は専門外っす(^^;)。)

黄色い菜の花を見ると、司馬さんを思い出す。
数年前、福田みどりさんが書かれた「司馬さんは夢の中」という本を読んだ。
司馬さんがいなくて、悲しい、悲しい、というみどりさんが、少し前に義父を亡くし一人暮らしをはじめた義母と重なって、つらくてつらくて、途中で投げ出してしまった。現在は3巻まで出ていたと思う。
義母も最近は元気になったことだし、また、読んでみようかと思っている。

週末は、義父の七回忌だ。

今年も菜の花が咲くだろうか。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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