陽光とか、風とか。

2011/12/02 10:51

寒くて布団から出られん…。^^;

師走ですね。早っ!
年賀状もまだ買ってないしな~。
そろそろ走り回る準備を整えないといけません。

先日、いつもは15分とかからない処を30分かけて歩きました。
早朝ではありませんでしたが、まだ、朝の光が感じられる時間帯。

とぼとぼ、と歩いていたのか。
ぽてぽて。と歩いていたのか。

心に重いモノを抱えていると、こんな風に足が前に出ないことってホントにあるんだな。
なんて。

がっくりと落ち込む気持ちと、
それを横から眺めているような自分とがいまして。

でもね。
朝の光が気持ちよかったんですよね。
――違うかな。心地よかった、のかな。

晩秋の朝の空気と陽の光が、やわらかく自分の周りに存在するような。
風に吹かれるだけで、こんなに違うのかってちょっと再発見。

で。
そう思ったら、「地下都市」を連想しちゃったんですね。
陽の光とか、風とか、全部人工物だったらキツイだろうな、って。
何でこんな時までヤマトなんだろ~って苦笑いなんですけど。

ヤマトのあの地下都市ってあまり悲惨に描かれてませんでしたよね。
あと1年で滅亡というような切羽詰まった感じはほとんどありませんでした。
着ている服も街並みも清潔でした。
普通にお風呂入れているんだろうな、って感じ?

子ども向けだからというのもあったでしょうけど、でも、999とかはスラムっぽい感じがあったでしょう。
描けないわけじゃなかったと思うんですよね。

「SBヤマト」ではそこまで楽観的には描いてなくて、
現在の感覚での滅亡寸前の避難民はこんな感じ、という表現。

この2作品の差は「科学技術」に対する感覚/未来予測の違いであって、
どちらがリアルかという問題ではないと考えています。

たとえば、ヤマトの最初の旅で食料不足という問題は出てきますが、
水不足という言葉は一度として登場しませんでした。
水だけ満載できたとも思えないし、それは地下都市だって同じじゃないですか?

でも、問題にされなかった。
ということは、水は精製できたということだと思うんです。
(精製って言葉が適切かどうかわからんけど・笑)
循環・再利用のシステムだけじゃなくて、何かから作り出せたんじゃないかと。
だから、地下都市でも清潔に保っていられた。

つまり、水の問題はクリアできていた、と考えられます。

いや、クリアできるだろうと考えられていたのではないでしょうか。
200年後ならどうにかなっているハズ! と。

現在は200年後でもそれは無理っぽいよな~と考えられているから、
「SBヤマト」になるわけです。

あの地下都市自体、急遽作り上げたにしちゃ立派でしたもんね。
いくら何でも、慌てて作ったにしちゃキレイすぎ。
だから、実は、何らかの理由で元々地下都市が存在していたのではないかと思うんです。

それほど大規模ではなかったかもしれない。
でも、ある程度は遊星爆弾前に建設されていたんじゃないかと。
地震・火山の多い日本でどういう需要からそうなったのか、ちょっと考えつかないんですけどね。

それでも、管理された人工の光、水、空気には、
たぶん、落ち込んだ気持ちを切り換えてくれるような作用はなかったんじゃないかと思ったんです。
キツかっただろうな、と。

それはヤマトという宇宙戦艦の中でも同じ。
現在の潜水艦よりはよほど、居住空間としては快適に作られていたと考えられますが、
自ずと限界があるわけです。
そのためのイメージルームだったわけですが、
脳が感じる幻影と実物はやはり同じではないでしょうね。

ヤマトに乗って使命を帯びて戦うのも大変ですが、
地下都市で生き延びたヒトタチも大変だったはずです。

そこで求められるのは、高い知性でも、屈強な身体でもなくて、
「他人と共生できる能力」だと思うんです。
自分だけが生き残ることを優先するのではなくて、
たとえ嫌いな人間がいたとしても、その人を含めた共同体の維持を優先的に配慮することのできる能力。
キレイゴトで言っているわけではなくて、
弱肉強食っていうのは、それをやっても命まではなくならない、
豊かで安全な社会があるからできることじゃないんですかね。

制度的なことは別問題として、
皆が大きな厄災に巻き込まれた時は、そういう集団でないと誰も生き残れないんじゃないかと思うわけです。

まあ、暴動が起きている処をみると、(相原君のお父さんはそれに巻き込まれましたもんね)
少ない物資を不当に享受している階層があったのかもしれませんが、
一般的にはそうじゃなかったんじゃないかと。
だから、ヤマトの帰りを待っていられたんじゃないんでしょうかね~。



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