ウチって変わっているわけ?(笑)

2011/12/29 02:27

実家の父は典型的な昭和の父親を体現しているようなヒトで、
お腹を空かせながらあの戦争を子ども時代に過ごし、
長じて後は家族のために身を粉にして働き、
老いては妻を看取り、娘と共に暮らしている。

ちょっと頑固で、向こうっ気が強く、わりかし短気。
新しい物好きな一面も無いわけではない。
趣味らしい趣味はなく、時代劇とサスペンスドラマとニュースと野球と相撲が好きで、
新聞を隅から隅まで舐めるように読んでいる。
それなりに政治にも興味があり、国会中継なんかも結構見る。

ワタシは3人姉妹の長女だが、
「長姉だから」という特権(笑)と義務? は課せられたことはあっても、
「女だから」という制限を受けたことは、たぶんない。
「相手が男だろうと、ケンカして負けて帰ってくるんじゃない」というのは父の口癖だった。

父は「ちょっと変わっている」事が好きだし、自分のこともそう思っているフシがある。
だから?
ワタシも「ちょっと変わっている」という言葉は誉め言葉として使うことが多い。
(笑)

何を長々と言っているかというと、今朝の息子の台詞を考えていたわけ。
「ウチは余所の基準と違う」

まあ、多少好みがマイナーであることは否めないものの、
そう変わっているわけではないだろうと、実はワタシは思っている。

ワタシがスクスクと育っていた時期、日本は所謂高度成長期にあたるわけで、
一億層中流といわれた時代だった。
我が家もご多分に洩れず、「ふつう」の家庭だったと思う。
裕福といえるような家庭でなかったのは確かで、中の下ほどには貧しかったかもしれない。
父も母も、子どもには見えない処で苦労していただろうことは、自分が家庭を営んでみて気が付いた。
だが、ワタシは我が家だけが特別貧しいと感じてはいなかったし、
「そういうものだろう」と思っていた。

おそらく、ワタシと同世代の多くはそう思って育ったんじゃないだろうか。

世間の基準と、我が家の基準は全く同じだと思っていた子ども時代。
が、ふと周りを見回した処、結構よその家と違うことが多いと気付く。
あれ? ウチって変わってる? ヘン? と思うようになる。
余所はもっと豊かで自由だったのかもしれない、と親のくくりに反抗する思春期、青春時代。

働き始め、家庭を持ち、子どもを育ててみて、ああそういうことか、と気が付いた。
世間の常識ってのは、一本の細いラインなのではなく、
帯のように幅広いものだったのだ。

おせち料理は「こういうもの」だと思っていたら、
地域差が結構あって、でも実は、隣の家とも違っているぢゃん、みたいな感じだ。

(笑)

つまり、息子たちは「ウチと余所の違い」にようやく気が付いたということなんだろう。
でもね、それは「ウチ」と「世間」が違うんじゃなくて、
家によってそれぞれ違うだけなのだよ。

ただ、地縁・血縁による共同体が崩れつつある現在では、
確固とした社会規範が存在しないため、
自分の価値観と世間の価値観をすりあわせていく、という機会は多くはないかもしれない。

となると、常識の帯の幅はこれからもっともっと広くなっていくのかも。
価値観の多様化と言われて久しいけれど。
それでも、まだ暴動が起きるわけでもなく、社会秩序も崩壊まではしていないくらいには、
世間の「枠」ってのはそれなりに機能しているんじゃないかと思う。

大体、ワタシの世代だったら、「ヤマト」に興味のない人間の方が少ないんじゃなかろうか?
と言ったら、さすがに大袈裟かもしれないけれど、
でも、実際の処、ワタシが考えていたよりも、ずっとずっとポピュラーに好意を持たれていると感じることが増えた。

「復活篇」も「実写版」も、それぞれに果たした役割は大きいと思う。
これなしでサイトやblogを持つほどヤマトにこだわり続けていたヒトは多くはないかもしれないけれど、
これらを期に「ヤマト」への愛を思い出したヒトは、ワタシが考えていたよりも多いみたいだ。

余所とウチが違うように、
30年も抱えていたヤマトへの想いはきっとそれぞれに違うだろうけれど、
「ヤマト」という作品は、ワタシが考えていたよりもずっとずっと大きな作品だったのだなと思う。

地縁血縁が薄れてきた今、それに変わる「共同体」の構築は必至だ。
都会、田舎であることに関わらず、様々な試みがなされるに違いない。
そうして何が残るのか。
新しい共同体となるのは何か。
たぶん、ワタシが生きている間に答えがでることはないと思うけれど。

「ヤマト」も「2199」と姿を変えて、新しい世代の中に息づいてくれるといいなぁ、と思う。

強引にヤマトで結んでみました(笑)。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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