『ヤマト1』における疚しさと立ち位置*1

2012/09/16 01:22

2199はヤマトのやばそうな設定をいろいろとフォローしてくれていて、すごいなーと思ってたりするんだけど、
その中に「イズモ作戦」と「ヤマト作戦」があるじゃないですか。

「イズモ作戦」=地球脱出計画
「ヤマト作戦」=汚染物質浄化装置をイスカンダルまで取りに行く計画

という認識であってる?
あってるよね?

この設定は『宇宙戦艦ヤマトpart1』(以降『ヤマト1』)にもあった。
作戦名こそ付いてないものの、沖田艦長が古代・島に対して「地球脱出用に建造された艦だったが、この艦でイスカンダルへ放射能除去装置を取りに行くぞ」(←台詞適当)と言っていた事から確認される。

ただ、相違点がある。
『ヤマト1』では、イスカンダルから情報を持ってきたサーシャが後にも先にもただひとりの使者だったのに対して、
『2199』では、先にユリーシャという使者がいて次にサーシャがやってきたという二段構えになっている点。

ということは、「地球脱出計画」から「イスカンダルへ行く計画」に変更された期日が違う。

『ヤマト1』で計画が変更になったのは、サーシャが火星へ不時着した時期、つまり冥王星決戦の直後になる。
そのはっきりした日程の描写はないが、第18話の真田による回想から逆算すると(「今から9か月前にゆきかぜがドックインした」)、冥王星決戦は2199年4月末~5月頭くらいと推察される。計画の変更はヤマトが発進した2199年10月6日よりほぼ5か月程前の事になる。

『2199』では、ユリーシャがサーシャより1年前に現れている。「ヤマト計画」が立ち上がったのはその時点だろう。ただ、サーシャが波動コアを持ってやって来ない可能性を考慮し、「イズモ計画」と「ヤマト計画」は並行して準備されていた。つまり、冥王星会戦が2199年1月ということは「ヤマト計画」が立案されたのは2198年1月頃となり、計画変更が決行されたのが2199年1月、ヤマトの発進が2199年4月となる。

そんなわかりきった事を何故持ち出してみたかというと、
この2つの物語を比べることで『ヤマト1』に置ける沖田や真田、古代進達の立ち位置を考えてみたいと思ったからだ。

キーワードは「疚しさ」。

さて。
選ばれた人間による地球脱出計画って、かなりやばいと思うのよ。
何しろ滅亡寸前なわけじゃない。脱出したいのが人情ってものでしょう。
計画は秘密裏に進められた、というのは至極当然。
選ばれても誰にも言えない。たぶん、家族にも言えないし、家族を一緒に連れて行けない可能性が高い。
ある日突然、こっそりと何も言わずいなくなる事しかできない。
…と、思う。

かなり疚しいよね。

人間は自分の行動を合理化し説明する事はできるけれど、自分の心を合理化することはできない。
疚しさから逃げることはできない。
疚しさを罪悪感と捉えてもいいかもしれない。

それでも、これを受け入れて実行するには、生きたいという強い欲求(生命力)とこれは自分に課せられ実行せねばならないものなのだという義務感が必要なんじゃなかろうか。

そうして自分の行動を正当化しようとしても、疚しさから逃げることは不可能だ。
立案し、計画に携わった者は、尚のことだろう。

では、それは誰だ?
どちらの物語でも、立案し計画実行したのが誰なのかは描かれていない。

だが、艦長である沖田と技術責任者である真田のふたりが関係していないはずはない。
……藤堂長官や防衛軍首脳部の人たちは、今回は話の筋と関係ないので脇へ置いておく。

立案したかどうかはわからない。
だが、沖田と真田は、少なくとも計画実行に携わっていたはずである。

古代進や島大介といった『ヤマト1』の18歳組は、知らなかった。

森ユキは、うーん、微妙だな。

古代守は、たぶん知っていて、最後の最後に計画に組みすることを拒否した。

***************^^

ということを考えてみました。
実は、自分でもどうなるかわからないままに記事を書き始めてます。
最後まで考察できるよう祈ってくださいまし。

今度の台風はすごいですね。中心気圧の低さには驚きました。
皆さま、どうぞお気をつけて。

ではでは。




  『ヤマト1』における疚しさと立ち位置 
  *1(はじめに)
  *2(沖田艦長)

  *3(古代進)《予定》
  *4(真田志郎)《予定》
  *5(森ユキと島大介)《予定》

テーマ : アニメ - ジャンル : アニメ・コミック

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