「八重の桜」第21回感想

2013/05/28 00:13

「八重の桜」第21回 敗戦の責任 NHK 2013.05.26放送


死を美化するような描き方は好きじゃないし、危険だと思う。でも、今回、神保修理の死に際し、ワタシは「美しい」と思った。

鳥羽伏見の戦いと呼ばれる戊辰戦争が始まったが、誰もが知っている通り勝者は薩長=官軍である。
それを会津側から描くのだから、悲惨極まりない。
今回、3人の死者が出た。

まず、現場の戦いで会津藩大砲奉行の林権助が死亡。
続いて、八重の弟、山本三郎が銃弾に倒れる。
そして、神保修理は切腹。

敵の砲弾と相対する中、飛び交う銃弾をモノともせず、一歩も引かず、被弾した後も真っ直ぐに前を睨んだまま、林は逝く。NHK公式HPの人物紹介には「江戸に送られる船中で没した」とあるが、ドラマの中では路上で既に没しているように見えた。混乱を最小限に抑える為の現場指揮官として、とても見事な最期であると思う。立派な上官であり、男であった。

彼の死によって、会津の武器がいかに旧式であるか、作戦的にどれほど不利であったかが、まざまざと印象付けられた。

対する三郎は、少年の死である。
これもまた、悲痛としか言いようがない。
「山本家の男として、兄の代わりに戦いたい」と立派な口上を述べるが、銃弾降り注ぐ中、彼の思いを支えたのは姉・八重である。
彼は立派な会津武士たるべくそこで戦い、散った。未だ誰を守りたいという想いさえなく、つまり彼には彼が守るべき家族が存在しない─というと語弊があるが、家族の中にあって、彼はまだ「守られる側」だったということで、それほどに、若く幼い。彼はまだ戦場に立つほどの年齢も経験も重ねてはいなかった。

ワタシ達は、追う側から追われ狩られる側へと立場を変えた会津の悲劇を実感する。

神保修理の切腹は、彼が武士であったことを見せつけた。
武士とは腹を切ることができる人間の事であり、そういう「責任の取り方」ができる人のことであり、
100万人都市の江戸の1割と言われる非生産人口である武士の存在意義は、その一点にあるのではないかと、ワタシは思ってしまった。
切腹を礼賛しているわけではない。
だが、今ならば、誰かが首をくくったところで、それで「責任」をとることはできない。

修理には、家族よりも自分よりも優先しなければならないものが存在しており、それは多分に自分で選び取ったものではなく、当時の価値観として植え付けられたものに過ぎないものの、それを受け入れ見事に体現することのできた素晴らしい人物であったのであろう。

修理と容保の間には、言葉にしなくてもわかりあえるものが存在した。

自分の判断ミスを部下が負い、命を捧げる。それを受け入れるしか無い容保の立場もまた、一層哀しい。

彼らは何のために戦い、誰を守る為に戦っているのか。
時代の流れ、うねりと呼ばれる何かが、会津を巻き込む。

死んでどうなる! 生きろ! 汚名を負ってでも生きて生きて生き延びて、その先にこそ何かがきっとあるはずだから。

今ならば、きっとそう言う。だが、修理は死を選ぶ。それは彼が武士であったから。
このときの為に、彼らは存在したのだから。
そういう彼らを、ワタシは美しいと思った。


というわけで、睡魔が襲ってきたのでごめんなさい。
続きはまた明日。。。。

テーマ : 大河ドラマ 八重の桜 - ジャンル : テレビ・ラジオ

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