昨日の続き

2013/06/19 18:10

今日は幾分過ごし安いので、エアコン室外機周りのアイビーを抜いたら汗だくに。

昨日、あまりにも暑かったので掃除もしないままにエアコンをつけたのだが、室外機周りのアイビーが繁殖しすぎて中にまで伸びていたらしく、カタカタと音がしてうるさい。
慌てて抜こうとしたが、そのあまりの繁殖ぶりに手を焼き、明るくなってからにしよう!とその場は適当におわしたのだが、やはり、日の下で見てもすごい量だったわ。(苦笑)

いろいろ煮詰まっている時は、肉体労働に限る。
「身体を動かす」のが主旨なので、お好きな方は運動するのも良かろうと思うが、あいにくワタシは運動は好きじゃない。わざわざお金と時間を捻出して、スポーツジムに通う人の気持ちはきっと一生わからないであろう。
(笑)
ということで、身体を動かす=肉体労働に限られるわけだ。

几帳面で神経質な一面を持つワタシは、何事にツケ白黒はっきりさせたい傾向を持つ。
だが、ツクリゴトでない現実の中で、白黒はっきりすることはあまりない。
あー、ちょいと意味が違うな。
やったか、やらないか、どっちよ!! てな選択肢は存在するが、悪いのは全てあんた! みたいな事例はまずない、ということが言いたい。

ワタシには、目の前から消えてくれないものだろうか、と思うくらい嫌いな人間が存在する。
彼女に言われたこと、されたこと、忘れられないし、なかったことにするのも業腹だ。
だが、それに囚われているといろいろな意味で「損なう」のはワタシ自身なので、それに囚われないように、上から目線でせせら笑いつつ、その場を納めるくらいのことはする。

ワタシはヤツを大っ嫌いだが、じゃあ100%あっちが悪いかというとそんな事はない。
こちらが対応を違えていれば、たぶんあちらの対応も変わっているに違いないのだし。
たぶん、ワタシの中の何かが彼女のそういう態度を誘発させるのだろう。

ワタシも彼女も、限りなく善人ではないし、限りなく悪人でもない、普通のどこにでもいるおばさんだ。
「グレー」なんだな、とようやくそう思えるようになった。

どちらに「義」があるとか、「戦いなのか旅なのか」とか、「守るのか戦うのか」とか、「好きな人か全世界か」とか。
矛盾するものを内包しつつ、白黒つけることなく、どちらか一方にのみを選択するでなく、バランスを保ちながら存在する=生きていく。
それを時には妥協と呼ぶこともあるだろうが、その中でよりベターな途を選択していく。
「自分のため」であったり、「共同体のため」であったりしながら。
自分を殺して共同体のために尽くしたり、許される範囲で自己利益とか自己実現を追求していく。
よりよい環境の中で生きていくために。

で。
きっと、そういう生きていくシステムを構築するという場所とは違う次元に存在するのが、たぶん「芸術」。
人として立派だったり、人を思い遣ったり、そういう事が「作品の出来不出来」に関与しない領域。
基準はそれぞれにあろうが、たぶん最高の価値を言葉にすると「美しさ」なのではなかろうか。
(何を「美しい」とするかが、それぞれ違うだろうけど)
それが「芸術」なんじゃないかな。

人間の全ての欲を併せ持ち、且つそれを昇華させることのできるもの。
そこある何がそんなにも人を魅了するのか、経験の無いワタシにはわからないが、こうして様々な人と知り合う中でそんなことを思い、そのことを「面白いなぁ」と思う。

先ほど「几帳面で神経質な一面を持つワタシ」と書いたが、当然、「だらしなく大雑把な一面も併せ持つワタシ」でもあるわけで、もっと「意固地」な面もあったりするが、社会人として、親として、破綻しない範囲でふらふらと生きていくわけだな。
できれば楽しく在りたいと望みながら。


あっつい中肉体労働しつつ、そんな事を考えた。

日々の戯言  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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