「八重の桜」第25回感想

2013/06/26 01:50

「八重の桜」第25回白虎隊出陣 NHK 2013.06.23放送

ここ一月ほど重い内容が続いている。今週はとうとう白虎隊出陣となった。
以前にも書いたが、この物語は会津視点で語られる為、官軍、特に薩長は美しくは語られない。
幕末史といえば、龍馬に代表されるように「官軍」側から描かれる事が多く、会津や奥羽列藩は旧習を改めることのできなかった、時代に取り残された存在として描かれる。身内であるはずの新撰組を描いても、そこには「浪士」と「藩士」という身分差に伴う蔑みが介在してしまうため、新撰組の「士道」を美として描けば、会津の存在はその陰となる。
白虎隊の物語となるとまた違うのだろうが、残念ながらワタシは小説もドラマも知らない。
友人には、確か「白虎隊」という大変素晴らしいドラマが存在するから必ず観なさい、と言われているのだが、未だ…である(汗)

前回、福井のご隠居松平春嶽が、岩倉&大久保(?)を相手に、あなた方の目指す新政府は最初から間違っている、といったたんかを切っていた。
山本覚馬も牢で言っていたが、会津はどこで間違ったのだろうか。

幕府=徳川宗家に忠誠を誓い、義を重んじ、赤心をもって事に当たってきた。
藩主容保をはじめとする彼らの真っ直ぐな態度は、あの混沌とした時代の中にあってさえも、大変に美しい。
彼らは間違った事はしてこなかった。己の保身も欲得も顧みず、ひたすらに忠誠を尽くした。

どうしてこんな事になってしまったのか。
会津藩士、皆の顔にそう書いてある。

政治家がいなかったのだ。
清濁を併せ呑み、時代を見通す事のできる「政治家」を、会津藩は養成することができなかった。

それは、250年という江戸時代の中で、幕政の中心の最も近くに存在してきた譜代大名という特権を享受してきたツケと言えるのかもしれない。
いつお取りつぶしになるか分からない不安と、幕政から遠く追いやられ、様々な苦役を言い渡されながらも250年を生き延びてきた薩長のような外様の持つしたたかさを、会津は遂に獲得することができなかったのだ。

官軍として会津に攻め込んできているあの長州は、ほんの少し前までは幕府に「征伐」される対象であった。それをさせなかった「政治力」が長州にはあったということだ。

決して、会津が悪いわけではないのだ。
会津に息づく武士道の美しさは、他に類をみない。江戸250年を支えたのは、その真っ正直さであると言っても過言ではないだろう。もののふの鑑として、彼らの信条は称えられるべきものであった。

だが、美しいだけでは、悲劇を防ぐことはできない。できなかった。

どちらも、必要なのだ。清も濁も、併せ呑むことのできる大きな器が。
容保がそれを持っていたら。
或いは、側近にいたなら。
会津の悲劇を、ここに至るまでに防ぐことが可能だったかもしれない。
だが、そういう人物が生まれるには、あの風土はあり得ないであろう。
となれば、ある意味これは歴史の必然だったのかもしれない。
それが、悲劇というものの正体なのかもしれない。

兎にも角にも、戦いは起こり、悲劇は生まれた。
これ以上の悲劇はもう観たくないと願いながらも、やはり記憶に留めておかなければならないのだろうと思う。


そういう緊迫感と焦燥と決意を、このドラマは良く表現していると思う。
真っ直ぐに墜落するような容保を演じる綾野剛さん。
溢れるほどの赤心を持ちながら、会津にも、新政府にも利することのなかった頼母を演じる西田さん。
そして、思いがけないほどにしっくりと存在する八重、はるかちゃん。

しんどい場面が続くなぁと思いつつ、目を離してはいけないという気になる。

これは、ドラマである。
勿論、フィクションである。
そして、史実でもある。

リアリティとドラマ性と事実を取捨選択した結果を、ワタシは享受している。
忘れちゃいかんのだろうな、と思いながら。

テーマ : 大河ドラマ 八重の桜 - ジャンル : テレビ・ラジオ

『八重の桜』感想  | コメント : 4  | トラックバック : 0 |

コメント

政治家いませんか?

楽しく読ませていただきました。まことにおっしゃる通りだと思います。
しかし政治家が居なかったと書かれているのは少し残念です。代々の家老西郷頼母は、あの御時世で先を見抜いていたではありませんか。
西郷頼母の諫言に耳を素直に傾ける事が出来ていたならもう少し歴史は変わったはず。
言いたくないけどあえて言います。頼母を謹慎に追いやってしまった容保公の度量の狭さ(言い過ぎてしまいましたが)が残念です。頼母はあの時代でもきちんと主君に諫言出来る器をもっていたのだから。
容保がもう少し大人であったらここまでの悲劇は無かったでしょうね。
会津藩が無能だとは思いません。ただ、恨みを買う事への時代の流れを読み切る力が(多くの藩もそうでしょうが)容保公には無かった。勿論、容保公は凄く真面目で藩主として立派です。もちろん幕府にとってもなくてはならない立派な方であったことは間違いなかったと思いますが。
容保公と頼母の二人の関係が、容保が藩主に迎え入れられた時から少しぎくしゃくした感じだったことも会津の歴史に災いしているのだとと思います。

| 2013/06/29 |  11:51 | 通りがかり #- |  URL | 編集 |

Re:コメントありがとうございます。

☆通りがかり様

 はじめまして! コメントありがとうございます。^^

> 楽しく読ませていただきました。まことにおっしゃる通りだと思います。

 コメ&コメ、ご丁寧にありがとうございます。過分なお言葉をいただき、恐縮しております(汗)
 一次資料には疎いので、歴史好きな人間の感想として読んでいただければと思います。また、間違った認識をしている可能性もありますので、その時にはご指摘いただければ幸いです。

> しかし政治家が居なかったと書かれているのは少し残念です。代々の家老西郷頼母は、あの御時世で先を見抜いていたではありませんか。
> 西郷頼母の諫言に耳を素直に傾ける事が出来ていたならもう少し歴史は変わったはず。

 確かに仰る通りですね。頼母は京都組とは違った視点で見ていたと思います。
 ですが、彼を「政治家」だと言わないのは、それをひたすらに諌言するという手法しか使えなかった点にあると思っています。確かに、会津の片田舎にあって時勢を見通した発言がいくつもありましたが、彼は諌言が入れられなかった時点で言われた通り「謹慎」してしまった。藩内に同志を作る、同志を育てる、或いは他藩士と交わり他藩からの助けを求める、そういうある意味「汚い」手腕を使うことをしなかった。
 彼がとったのは、正面突破の一手のみ。破れれば潔く謹慎。自棄になることも、暴動を起こすこともなかった。
 それは、会津藩士として誠に正しい、美しいやり方です。
 ワタシは好きですね、こういう人。

 でも、だからこそ手をこまねいたままに、この惨禍を招いてしまったのではないか、と思うのです。
 会津藩士として汚れようと、会津藩存続の為に行動する。目的のために手段を選ばずに行動できる。それが「政治家」なんじゃないか、とワタシは考えたのでした。
 一般的に「政治家」というものをどう定義しているのかわかりませんので間違ったことを言っているかもしれませんが、いかがでしょう。

> 言いたくないけどあえて言います。頼母を謹慎に追いやってしまった容保公の度量の狭さ(言い過ぎてしまいましたが)が残念です。頼母はあの時代でもきちんと主君に諫言出来る器をもっていたのだから。
> 容保がもう少し大人であったらここまでの悲劇は無かったでしょうね。
> 会津藩が無能だとは思いません。ただ、恨みを買う事への時代の流れを読み切る力が(多くの藩もそうでしょうが)容保公には無かった。勿論、容保公は凄く真面目で藩主として立派です。もちろん幕府にとってもなくてはならない立派な方であったことは間違いなかったと思いますが。

 容保の潔さという一点は、まさに諸刃の剣ともいうべきもので、会津の悲劇はここに依るというのはその通りだと思います。
 実際の容保公については不勉強でわかりませんが、このドラマではまさにそう描かれていると思います。

> 容保公と頼母の二人の関係が、容保が藩主に迎え入れられた時から少しぎくしゃくした感じだったことも会津の歴史に災いしているのだとと思います。

 或いは、頼母に軍才があればまた違った展開になったのかもしれない、と思いますが、長州のあの不屈さを考えると、潔しという武士道を体現した会津藩が悲劇を迎えたのは、ある意味、歴史の帰結なのではないか、と思えてなりません。
 蛤御門で追いやられ、二度の長州征伐をかわし、馬関戦争も乗り越えた長州って、どういう思考回路をしてきたんでしょうね。^^;

 よろしければまたお越しくださいね。^^ 

| 2013/06/29 |  17:09 | ポトス #Kyq53.yY |  URL | 編集 |

おっしゃるとおりです

おっしゃる通りだと思います。通りがかり改め小鉄です。宜しくお願いします。
頼母は確かにそういう意味では外交などの出来る『政治家』ではありません。ただ、世の中の趨勢を観る力を持っていたのだと思うのです。それだけに主君と家臣の間が巧くいってればと。
意味で会津には高禄の家老レベルに切れる人が居なかったのが残念です。
若き秀才の誉れ高い家老候補の神保修理は鳥羽伏見の敗戦の責任を負わされ自害に追い込まれたのも会津にとっては残念な事でした。
長州、薩摩に比べると人材は明らかに不足していたのでしょう。
でもそれと対照的なくらい会津の『潔さ』には心より感銘を受けてしまいます。まさに斎藤一の言葉も心を抉られました。
明日が最大の見せ場になることは間違いないでしょう。
自分は多分、一人でしか観れないと思います。

今後はどうなるのでしょうかね。それもまた楽しみです。

| 2013/06/29 |  18:52 | 小鉄 #- |  URL | 編集 |

Re: いらっしゃいませ

☆小鉄様

 さっそくのご訪問、ありがとうございます。
 こちらこそ、よろしくお願いします。

> 頼母は確かにそういう意味では外交などの出来る『政治家』ではありません。ただ、世の中の趨勢を観る力を持っていたのだと思うのです。それだけに主君と家臣の間が巧くいってればと。

 その通りですね。頼母と容保の関係が違っていたら、と考えると残念ですね。

> 意味で会津には高禄の家老レベルに切れる人が居なかったのが残念です。
> 若き秀才の誉れ高い家老候補の神保修理は鳥羽伏見の敗戦の責任を負わされ自害に追い込まれたのも会津にとっては残念な事でした。

 神保修理は本当に残念でした。
 斉藤工さんが、その明晰さ、実直さ、潔さを好演していて、最期は泣けました。

 もう少し時間があれば、もしかすると若い人材が育ったのかもしれませんね。

> 長州、薩摩に比べると人材は明らかに不足していたのでしょう。
> でもそれと対照的なくらい会津の『潔さ』には心より感銘を受けてしまいます。まさに斎藤一の言葉も心を抉られました。

 本当にこの時代は、どうしてこれほどの人材を輩出できたのか驚きます。
 封建制を終焉させるにあたり使われたのが一君万民による維新、というトリッキーさといい、後世から見れば星がきらめくような時代に見えますが、そこには会津のような悲劇があちこちに隠れているんだろうと、改めて
思った次第です。

 歴史が回天する面白味と、そこにある痛みと、ワタシ達は両方を学ぶべきなんでしょう。
 そんな風におもってしまうほど、やはり会津の悲劇は辛いものですね。

> 明日が最大の見せ場になることは間違いないでしょう。
> 自分は多分、一人でしか観れないと思います。
>
> 今後はどうなるのでしょうかね。それもまた楽しみです。

 実は、失礼ながら、ワタシは綾瀬はるかさんにあまり期待していなかったんです。
 でも、鉄砲を構える姿からにじみ出てくる気迫は素晴らしいですね。

 「八重の桜」というタイトルは、「山本八重」という人物であり、八重桜の花弁のように重なり合う人や運命を示唆しているのではないかと思っています。
 今日の放送、そして今後。期待しています。

| 2013/06/30 |  08:12 | ポトス #Kyq53.yY |  URL | 編集 |

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