今日は母の命日でした。

2013/07/03 23:53

今日は母の命日だったので、実家へ行ってきました。

4年前の夏、母を亡くし、ワタシは山ほどに抱えた後悔を見ないように見ないようにして過ごした一年後、
今度は、同じ病で義母を亡くしました。
告知から半年あまり。
諸々の理由でこちらを離れることができずにいたワタシが義母の元へ駆けつけた時、
寝たきりの義母はもうやせ細っていて、それでもワタシの顔を見ると本当に嬉しそうに笑ってくれました。

亡くなるまでの間、病室に付き添うワタシともうほとんど話をすることもありませんでした。正確にはできなかったというべきでしょうが。
義母がワタシにかけた言葉は、「遠い所来てくれてありがとうね」「大変な時なのに来てくれてありがとうね」そんな言葉ばかりでした。
義母も、母も、そういう人でした。

病室の窓からは、青い空と、海と、緑の松が見えました。
義母に付き添う時間は穏やかに過ぎ、けれど、それは一年前に実母を亡くした時間をそのままに再現したような、その時間を追体験しているような辛い時間でもありました。
義母の様子からたぶんもうながくないと判断し、大部屋から個室へ代えてもらうよう勧めたのもワタシでした。

母と義母は、名前が同じでした。漢字まで同じで、結婚式の時に「珍しいねえ」といろんな方に言われたのを思い出します。
どちらの母も我慢強く、忍耐強く、穏やかな女性でした。

一年という短い期間に、相次いでふたりの母を見送り、
ワタシの中にはやっぱり後悔が残りました。

仕方がなかったとはいえ、自分がそう選択した結果がそれなわけで、自分以外の誰の所為でもありません。
ワタシはこの後悔を抱えたまま、残りの人生を過ごすことになるのでしょう。
それが、それを選択したワタシへの罰なのかもしれません。

でも、「全部ワタシが悪かった」と泣いていては生きていけないので、
普段はまるでそんなことは忘れたかのように振る舞い、生活しています。
いえ、実際忘れている時間の方が圧倒的に多いんです。
ワタシはそういう薄情な娘なんです。
因果応報。きっと、ワタシはそういう死を迎えることになるんでしょう。

昨夜の夢に、母がいました。
家に帰ると、花を生けて待っていてくれました。

ワタシの実家は神道です。
神道では、亡くなった人の御霊は家にいて家族を守ってくれるのだと聞きました。
夢の中の母は、いつも家にいて迎えてくれます。
父と娘たちを守ってくれているんだと思っています。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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