祝・成人

2014/01/14 23:35

長男が成人式を迎えた。
昨年のように大雪に見舞われることもなく、少々風が強く寒かったものの、
晴天の下無事この日を迎えることができ、親として大変嬉しかった。

この20年、いろいろあったと言えばあったし、平穏無事だったといえばそうだった。
当日も「今から床屋に行くんかいっ」と呆れはしたが、しれっと行って帰ってきた。

小学校6年生の11月に転校してきたので、地元への愛着はイマイチだったりするのだろう。
ワタシにしても、次男が生まれてから10年住んだ出雲の方が、故郷的に懐かしい。
だが、気づいてみればそれとほぼ同じだけの時間を現在地で過ごしている。

時間の長さではないのだ、としみじみ思う。
「待ち」の姿勢では何もやってこないのだ。

子どもが幼少だったという好条件があったにしろ、我が家の出雲と現在地への関わり方には百里以上の隔たりがある。
土地の性質ももちろんあるが、それよりも自分がどれだけ積極的に地元と関わろうとしたかという姿勢が、この差を生んだ事は間違いない。

息子の事を言っているのではない。
ワタシ自身の問題として、そう言っている。

子どもをとっかかりにして地域に馴染む、というのは大変有効である事は認めるが、それだけに頼るわけにはいかない。
その他の手段を考えてみる。
自治会、近所のお店、職場、ボランティア活動、習い事。
職場が徒歩10分という近場であり、8年も勤務していれば関わる人間の数もそれなりにあった。
だが、いざというときにこの場所で助け合えるような関係は築くことができていない。

都心まで電車なら30分足らずで行ける距離にある我が家。
この土地に足りないものはイロイロあるが、都心に出ればないものはない。
インターネットも10年前とは比べものにならないくらい、便利になった。

人間、ひとりでは生きていけないのだ、と心底思っているが、
面倒な関わりから逃れたい、という欲求があることも否定できない。
実際、個人の自立とか、自由とか、権利とかを求めて人はつながりを断ってきた。
技術の進歩と経済の発展が、それを後押しした。
他人の世話になっていたことや相互的に助け合ってきたことは、技術やお金で代替してきた。

人間関係は、本当に面倒である。
互いに好意を持っている人間同士でさえ何があるのかわからないのに、コミュニティのつきあいというのは、自分とは馬が合わない好意を持てない人間とも何とかやっていかねばならないのだから、余計に面倒になる。

そうでなくて、他人に迷惑をかけたくない、という思いからお金で解決しようとすることもある。
だが、そこには「他人に迷惑をかけられたくない」という思いが潜んではいないだろうか。
お金で解決できるのならば、面倒ごとは避けたいというのは人情だと思うが、諸刃の剣でもある。

地域というコミュニティ、会社というコミュニティ、親族というコミュニティ、学校というコミュニティを、
親の代から丸々2代分かけて、放棄し、崩壊させてしまった。
維持するのには忍従が必要だが、崩壊させるのに忍従は必要なかった。

昔は良かった、と言いたいわけではない。
地域も親族も会社も学校も、セーフティネットとして一定の役割を担ってきたことは間違いないが、賞味期限が切れていたこともまた間違いなく、だからこそ、これらは崩壊してしまったのだと思う。
耐えられないから、放棄した。
自分ができなかったことを、次世代に要求することは無茶というものだろう。
だが、人はひとりでは生きられないのは紛う方無い事実だ。

だから、新しいコミュニティを作らなければならない。
趣味だったり、やりがいだったり、師弟関係だったり、仕事だったり。
何となく繋がっている人たちを、どうやったら相互扶助の関係に持ち込むことができるのか。

地域や親族や会社や学校が併存していたように、唯一無二の所属集団を作るのでは無く、あっちにもこっちにも所属できるような集団ができれば良いと、ワタシは思う。
その仲間であるならば、自己責任といわれる「他人事」が誰に言われたからではなく「自分の事」として受け止めることができるような、そんな集団があちこちにできたらいいのじゃないかと思う。

20歳の時、ワタシは学生だった。
将来のことなんて、何一つ考えていなかった。
20年後、ワタシは何をしているだろう。

20年後、息子達はどんな暮らしをしているだろう。
彼が社会を支える担い手のひとりとなっていることを、ワタシは願う。

健やかで幸せであって欲しい。
寒風の吹く青い空を見ながら、そんなことを考えていた。

よもやま  | コメント : 0  | トラックバック : 0 |

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